金型の無償保管、もう拒否できる?HOYAへの下請法勧告で下請中小企業は何が変わる?

2026年7月21日、公正取引委員会はHOYA株式会社(東京都新宿区、代表執行役:池田英一郎)に対し、下請事業者32社から金型・治具643個を無償で保管させたとして、改正前の下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」)に基づく勧告を行いました。医療機器メーカーに対する下請法の勧告は今回が初めてのケースです。「金型を預かっておいてほしい」という発注側の依頼は、製造業の下請け取引では広く慣行化していますが、今回の勧告はその慣行に明確にメスを入れるものです。本記事では、違反の内容と、下請中小企業が取れる実務対応を解説します。
HOYAへの下請法勧告——何が問題だったのか
公取委の発表によると、HOYAは内視鏡部品などの医療機器製造を下請事業者32社に委託しており、その際に自社所有の金型・治具(合計643個)を各社に貸与していました。ところが、少なくとも2024年7月1日〜2026年4月17日の間、部品の発注を長期間行わないにもかかわらず、保管費用を一切負担せずに643個の金型等を各社に保管させ続けたのです。
これが「不当な経済上の利益の提供要請の禁止」(改正前の下請法第4条第2項第3号)に違反すると判断されました。HOYAは不利益額の全額に相当する計1,452万5,390円をすでに支払済みとしていますが、公取委は勧告書において「今後、中小受託事業者の利益を不当に害さないこと等を取締役会の決議により確認すること」を求めています。
本件は中小企業庁が2026年6月11日に公取委へ措置請求を行った案件です。報道では30年以上にわたって無償保管が続いていた事例もあったと伝えられており、問題の根深さが浮き彫りになっています。
なぜ「無償保管」が下請法違反になるのか
金型を下請企業に預けること自体は違法ではありません。問題は「無償」の部分です。発注が止まった状態でも、下請企業は金型を適切な環境で保管し続けなければならず、保管スペース・管理コスト・錆止め処理などの費用が発生します。これを全額負担させることが「経済上の利益の提供要請」に当たるというのが今回の判断です。
下請法は親事業者(発注側)と下請事業者(受注側)の取引に適用されます。製造委託の場合、親事業者の資本金が3億円超で下請事業者の資本金が3億円以下、または親事業者の資本金が1,000万円超3億円以下で下請事業者の資本金が1,000万円以下の場合に適用されます。HOYAの資本金は約62億円であり、今回の下請32社のほとんどが適用対象の中小企業です。
旧下請法と取適法——2026年1月以降の制度の変わり目
今回の勧告には「改正前の下請法」が適用されています。これは、2025年12月以前に行われた製造委託には旧法(下請代金支払遅延等防止法)が適用され、2026年1月以降の委託には「取適法」(製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律)が適用されるためです。
取適法(2026年1月1日施行)の主な改正点は次のとおりです。
・保護対象が個人事業主を含む中小受託事業者全般に拡大
・役務委託(サービス委託)も一部対象に追加
・禁止行為の類型がより明確化・強化
旧下請法と取適法は並存しており、委託時期によってどちらが適用されるかが変わります。ただし、金型の無償保管は旧法・新法いずれのもとでも禁止行為です。今回の勧告を受け、公取委・中企庁は今後の執行をさらに強化する方針とみられます。
下請中小企業は金型の無償保管を断れるのか——実務対応のポイント
今回の勧告を受けて、下請製造業者として確認しておくべき実務ポイントをまとめます。
・保管費用を書面で取り決める:金型を預かる際は、保管期間・保管費用・返却条件を書面(契約書・覚書)で明記することが重要です。口頭での取り決めでは後から「タダで預かってほしい」という話になりがちです。
・発注がない期間の保管料を請求できる:長期間発注がない場合、保管費用の請求は正当な権利です。今回公取委が「不利益額」として認定した約1,452万円は、保管費用の実費に相当する金額です。
・金型の返却を求めることもできる:親事業者が所有する金型であっても、発注の見込みがない場合は引き取りを求めることができます。無期限の保管を義務付けることは下請法上問題となりえます。
・相談窓口を活用する:中小企業庁や公正取引委員会には下請取引に関する相談窓口(下請かけこみ寺)があります。親事業者に対して直接言いにくい場合は、まず第三者機関への相談が有効です。
取引先との契約条件や下請法対応の見直しに際し、法務・税務の観点から顧問税理士への相談が有効です。顧問税理士をお探しの場合は、ビスカスの税理士無料紹介サービスをご活用ください。
まとめ
HOYAへの下請法勧告は、製造業の現場で長年続いてきた「金型の無償保管」慣行への公的な警告といえます。ポイントを整理します。
・HOYAが下請32社から金型643個を無償保管させ、改正前の下請法違反として勧告(2026年7月21日・公取委)
・「不当な経済上の利益の提供要請の禁止」に違反。不利益額1,452万円をHOYAが支払済み
・医療機器メーカーへの勧告は初のケース。取適法(2026年1月1日施行)のもとで執行強化の見通し
・保管費用の書面化・返却請求・相談窓口の活用が下請中小企業の実務対応の柱
下請けに金型を預けている親事業者も、預かっている下請企業も、今回の勧告を機に契約内容の点検と書面化を進めることをお勧めします。また、下請連鎖倒産のリスクと対策については、こちらの記事も参考にしてください。
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