「正しい遺言書の書き方」。ネットには、そんな記事が並んでいます。しかし、実際にそれを残すのは、まだ少数派。そのために、相続人の間でトラブルが発生したり、被相続人の意思とは異なる相続になってしまったりということも、少なくないようです。税理士法人チェスターの荒巻善宏先生も、「どうして遺言書を書かなかったのか」と悔しい思いをしたことが、過去に何度もあったといいます。
遺言書を書かないデメリット、
あなたは理解してますか?
2017/4/19
◆同居して、親の面倒をみたのに……
先生のところに相談に来るのは、やはり子どもなど相続人の方が多いのでしょうか?
はい。本当は親が元気なうちから、自らの相続についてきちんと準備するというのが理想なのですけど、それをやる人はなかなかいません。かなりの資産家でも、遺言書さえ書いていなかったというのが、普通なんですよ。「遺言書があったら、状況は違ったのに」と思ったことは、1度や2度ではありません。
例えばどんなケースですか?
典型的なのが、子どもの中の1人が親と同居していて、献身的に介護もしていた。他の兄弟たちは外に出ていて、ほとんど実家に顔も出さなかった。親は当然のように面倒をみてくれる子に家を譲ろうと思っていたけれど、その意志を残すことなく他界してしまった――というパターンです。 この場合、仮に相続人が子ども3人だったとしたら、それぞれ民法に定められた法定相続分である3分の1ずつの財産分与を主張できます。実際、主張する方がほとんどです。家の他に現金などの遺産があまりない場合には、「家を売って分けよう」と言ってきたりもするわけです。親と同居していた子は、そうするか、実家を相続したうえで代償分割(※1)を行い、現金で清算するか。長年の苦労が報われないどころか、大きな負債を背負わされることもあるんですよ。
「家はこの子に譲る」という遺言書さえあったら……。
さきほどの法定相続分による遺産分割は、遺言書がない場合に適用されるんですね。遺留分(※2)には配慮しなければなりませんが、基本的に遺言書に書かれたことは、その通りになります。
「遺言書なし」は、揉め事になりやすい
さっきのような例は、あまりにも理不尽ですから、争いになることも多いのではないでしょうか。
そうなると、もはや弁護士さんにお渡しするしかなくなります。その結果、家庭裁判所による調停に持ち込まれることもあるし、何年も裁判で争うことも珍しくはありません。余談ながら、開業当初、ちょっとトラブルに入り込みすぎて、相続人様のお一人に事務所に怒鳴り込まれたようなこともありました。
そのくらいヒートアップしてしまう。そうなると、早期の解決は困難になりますね。
前にもお話ししましたが、私たちの仕事は揉めないための対策と、節税対策を講じることなんですよ。後者に関しては、生前贈与とか不動産を動かすとか生命保険を活用するだとか、我々の持つさまざまなテクニックを駆使することが可能です。ただし、揉めない対策のほうは、「遺言書で親の意思を示す」以上のものはない、と考えて欲しいのです。肝心のそれがなかなかできていないというのは、私からみていても、もどかしい気持ちになります。
自らの遺志を実現し、相続人の争いを防ぐために、きちんと遺言書を書く。生前に、それだけは実行したいものです。
※1 代償分割
財産を特定の相続人が取得し、それが他の相続人より多かった場合、その代償として金銭や物を他の相続人に支払う、という遺産分割の方法。
財産を特定の相続人が取得し、それが他の相続人より多かった場合、その代償として金銭や物を他の相続人に支払う、という遺産分割の方法。
※2 遺留分
民法に定められた、相続人が最低限受け取れる遺産のこと。
遺言書の重要性は理解しているのですが、いろいろな先生にお話を聞くと、中には封筒を開けてみたらとんでもないことが書かれていた、というケースもあるようです。
私も何回かお目にかかったことがありますよ。特定の誰かに多くの財産を渡そうと考えると、「フライング」を起こしやすくなる傾向があるように感じます。たくさん子どもがいるのに、「長男に全財産を譲る」と書いてあったりするケースですね。相続人ではない「内縁の妻」に遺産の多くをあげるような内容だと、さらに揉める確率は高まります。 さきほどもお話ししたように、遺言書があれば、遺産分割は原則的にそこに書かれた内容の通りに実行されます。しかし、法定相続人には、遺留分という最低限の遺産の取り分があって、これだけは侵すことができません。ですから、仮に遺言書に「全財産を譲る」と書かれていたとしても、他の相続人はその譲られた人から、自分の遺留分だけは取り戻すことができるのです。まあ、そういう法律論の部分は別として、他の相続人からみて明らかに不自然な分割内容だと、「あの人が、弱っている父親に無理やり書かせたに違いない」という話になりやすいんですね。そこから争いが始まるわけです。
もちろんすばらしい遺言書も
相続人が予想だにしなかったことが書かれているために、騒動になる。それは、被相続人にとっても望むところではありませんよね。
そんなことにならないためには、まずは自分一人で書こうとしないことです。お話ししたような「びっくり遺言書」って、たいてい手書きで、ノートなんかに書かれているんですよ。 遺言書には、自分で書く「自筆証書遺言書」、公証役場で公証人に代筆、保管してもらう「公正証書遺言書」、自分で書いて公証人に保管してもらう「秘密証書遺言書」があります。日付や印鑑を忘れて無効になったり、紛失したりといったリスクがある「自筆」は、避けるのが賢明。相続人の疑いを招かないためにも、「公正証書」をお勧めします。内容についても、遺留分や、きめ細かな遺産分割の仕方、例えば「不動産のみを相続しても相続税の支払いに困るだろうから、これくらいの現預金も渡しましょう」といったアドバイスのできるプロの力を借りて、考えるべきだと思います。
人生最後の意思表示なのですから、万全を期すべきですね。
問題点からお話ししましたけど、もちろんすばらしいメッセージに出会ったことも、何度もありますよ。遺言書には、遺産分割の他に、自由に被相続人の気持ちをしたためた付言事項というのを添えることができます。そこに、「どうしてこういう分割の仕方になったのか」という理由とか、家族一人ひとりへの思いとかがきちんと書かれていると、けっこう感動を覚えます。部外者の私でさえそうなのですから、身内はなおさらでしょう。この部分に法的拘束力はないのですが、例えば「長女は生前、私にこんなことをしてくれた」と、他の兄弟の知らない事実が記されていれば、それだけで揉め事のタネが1個、確実に消えるわけですね。
親の率直な気持ちが書かれていたら、それに逆らってまで争うというのは、よほどのことでしょう。きちんと残せば円満な相続に効果絶大な遺言書なのに、書かなかったり、書く中身が「間違って」いたりするのは、もったいない限りだと、あらためて感じます。
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