子の「本心」が現れる。
親の「真情」を知る。それが相続

子の「本心」が現れる。  親の「真情」を知る。それが相続

2018/9/26

 
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親が亡くなり、その財産を受け継ぐ。そこには、「親への思い」ばかりではなく、「欲望」「権利意識」「他の相続人への対抗意識」といった様々な感情が渦巻き、それがもとで骨肉の争いになったりもします。今回は、相続に詳しい税理士法人トゥモローズの大塚英司先生に、最新の話題も織り交ぜながら、経験した2つの事例をご紹介いただきましょう。

「遺産は家しかない」。妻はそこに住み続けられるか

不動産がメインの相続は、トラブルを生みやすい

先生の事務所は、相続に特化していらっしゃるんですよね。今日は、先生の印象に残る相続の事例を中心に、話をお聞かせください。
わかりました。まず、お父さんが亡くなって、相続人はお母さんと2人の兄弟という事例から紹介しましょう。問題になったのは、ご両親が住んでいた家の相続でした。実は、お父さんの遺産の中身は、当初の評価額で1億円程度の自宅が8割程度を占めていて、預貯金などの金融資産は僅かという状態だったんですよ。
ああ、いかにも問題が発生しそうなパターンですね。そのままだと、自宅を相続した人間と他の相続人がもらえる財産に、大きな差が生じますから。
でも、長男の方から依頼を受けた当初は、「子どもは遺産はいらないから、お母さんがそのまま住んでよ」ということだったのです。住み続けるためには建て替えが必要なくらい古い家でしたので、遺産の現金は全部そちらに回そう、という話まで進んでいました。
そうなんですか。それが、どうしてこじれたのでしょう?

突然、「取り分」を要求した二男

相続税の申告期限(※1)が近づいてから、突然、二男の方が「自分の取り分を現金でもらいたい」と主張するのです。この場合、法定相続分(※2)は、配偶者と子どもが2分の1ずつ。子どもは2人いますから、1人当たり4分の1ということになります。
 もし二男の言う通りにすると、遺産の現金では足りず、家を売るしかないという話にもなりかねません。なおかつこのケースでは、家の建て替えが必要なのですが、そこにお父さんが残した現金を充当することができなくなる。いずれにしても、お母さんがそこに住み続けることが困難になりかねない状況になってしまいました。
二男が急にそんなことを言い始めた理由は、何だったのですか?
私にも、はっきりとはわかりません。ただ、後から考えれば、二男は当初の話し合いに出席していなかったんですよ。お会いしてみたら、「私にも遺産をもらう権利がある」の一点張り。もしかすると、長男との間に確執めいたものがあったのかもしれませんが。いずれにせよ、長男のほうも「よしわかった」と言える状況にはありません。
そういう感情が、いざ親の相続という段になって噴出するというのも、よく聞く話です。とはいえ、申告期限が迫ってその状態というのは、困りました。どうなさったのですか?
結局、遺産分割の話し合いがまとまらない「未分割」の状態で、とりあえず相続税の申告を行い、支払いを済ませました。この場合には、法定相続分に則って分割が行われたものと仮定して、申告、納税することになります。
 ちなみに、二男の方は、私とは別の税理士に依頼して、申告しました。相続税の申告は、1人の税理士が全部の相続人をまとめてやるのが普通ですが、このようにバラバラに頼むこともできます。
※1 相続税の申告期限
「被相続人が亡くなったことを知った日から10ヵ月以内」と定められている。
 
※2 法定相続分
民法に定められた、遺言書がなかった場合に、相続人に認められた遺産の取り分。

争いは、家裁での「調停」に

いったん納税を済ませたとはいえ、この家族の場合も、「戦い」はそこからという感じですね。
あらためて説明しておくと、相続税の申告、納税は、当初の申告期限がすべてのリミットというわけではありません。協議を続けて合意ができれば、税務署に対してそれに基づく修正申告を行い、相続税を払い過ぎた人は返してもらい、足りない人は追加で支払うという形で、収めることができるのです。「未分割」のままだと、配偶者の税額軽減(※3)や「小規模宅地等の特例」(※4)といった相続税の軽減措置が適用外になってしまうのですが、これらも条件によっては「復活」させることができるんですよ。
 さて、このケースですが、おっしゃる通りで、話は当事者同士だけでは収まらず、家庭裁判所による「遺産分割調停」ということになりました。調停委員会が、紛争の当事者双方の言い分を聞き、合意を目指していくのが調停ですが、そうなると、話し合いは基本的に法定相続分による分割をベースに進んでいくことになります。
お母さんや長男サイドにとっては、厳しい状況ですね。
主な争点になったのは、自宅の評価額でした。二男サイドが立てた弁護士先生は、高い金額を設定してきたんですよ。つまり、遺産の総額が膨らんだ。
だから、それに見合ったお金をください、と。
とはいえ、その段階になると、「その金額はおかしい」と、我々税理士が「口出し」することは、「非弁行為」(※5)として認められていません。長男側には私の知り合いの弁護士先生を紹介して、対応してもらうことにしました。
そもそものところに戻れば、法定相続分をめぐる争いになったのは、お父さんが遺言書を残していなかったからですよね。
そうです。例えば「自宅は妻に譲る」といった遺言書があれば、ああいう形の争いにはならなかった可能性が高いと思います。
 遺言書があったとしても、相続人には遺留分といって、相続財産の一定割合を取得する権利が法的に認められていますけど、このケースでは子ども1人当たり8分の1になります。なんとか遺産の現金で支払える範囲にとどまりますし、その金額で調停まで争うのか、ということにもなるかもしれませんから。今回のように、遺産のうち不動産の占める割合が高いような場合には、特にしっかり遺言書を残すことをお勧めします。
※3 配偶者の税額軽減
被相続人の配偶者は、法定相続分か1億6000万円のどちらか多い金額まで、相続税が課税されない。
 
※4 小規模宅地等の特例
相続人が親と同居しているなどの要件を満たした時に、土地の相続税上の評価額を減額できる特例。
 
※5 非弁行為
弁護士でない者が、報酬目的で行う法律事務の取り扱い行為。弁護士法で禁じられている。

「争続」は決着したが、家族の縁は切れた

結局、この争いはどうなりましたか?
まず、自宅の評価額は、相手の弁護士先生とこちらの弁護士先生との提示価格の折中程度にまで減額しました。そのうえで長男が相続し、代償分割の形で決着を図ったんですよ。遺産の現金はすべて二男に渡し、それでも法定相続分に足りない部分を、代償金として兄が弟に支払ったわけです。
では、家の建て替え費用は……。
それも長男が出して、お母さんを住まわせることにしました。
それだけ聞くと、「できた」ご長男ですね。そうでなかったら、調停どころか裁判までもつれたかもしれません。
二男にも、どうしても緊急にお金が入用な事情があったのかもしれません。そもそも、相続で法定相続分をもらうのは正当な権利ですし、単純に「善悪」を語ることはできないでしょう。
 ただし、事実として、二男の方はこの家族から「絶縁」状態になってしまいました。一番辛い思いをしたのは、高齢のお母さんですよね。数千万円のお金で家族がこんなふうになってしまうのが、相続の怖さなのです。
 なお、あえて現実的な話をすれば、今回のは、お父さんが亡くなった一次相続でした。この先、お母さんの二次相続が控えています。家は、今回長男が譲り受けましたから、当然お母さんの財産にはカウントされませんが、わざわざ二男に有利な遺言書を残すとは思えない。
家は、お母さん亡き後、賃貸にしたり、売却したりすることもできますよね。そう考えると、はたして二男の方は得をしたのかどうか、それ自体も疑問ということになりそうです。

「夫に先立たれた妻」を救う民法改正

今回の事例では、お母さんの立場になってみると、長男のおかげで家に住み続けられることになりました。でも、いつも誰かに助けてもらえるとは限りません。実際、夫の相続を機に家がなくなって、困惑する人たちもいるようです。
そういう事態が起こらないよう、今年の通常国会で民法の改正案が成立し、「配偶者居住権制度」が、2年以内をめどに施行されることになりました。
どんな制度なのでしょうか?
簡単に言うと、家の所有権とは別に、配偶者がそこに住み続けられる「配偶者居住権」を創設するんですね。譲渡などができないぶん、所有権よりも評価額を下げられる可能性があるのがポイントです。
 例えば、配偶者の法定相続分が2500万円、自宅の評価額(所有権)が2000万円だったとすると、配偶者はなんとか相続できても、他の現金などは500万円しかもらえないことになります。しかし、仮に配偶者居住権を1000万円に設定できたら、現金も1500万円手にすることができ、その後の生活の心配も少なくすることができるでしょう。家は子どもが相続して、その所有権を持ったとしても、居住権は妨げられません。親に「家から出て行け」という権利は認められないんですよ。
残された配偶者が路頭に迷うようなことは、かなり防げるかもしれませんね。
まさに今回紹介した事例などにはぴったりで、個人的にはいい改正だったと思います。

「相続を通じて、母に感謝することができた」

依頼人はニューヨーカー

印象に残るという意味では、相続人の1人が海外在住という案件がありました。お母さんが亡くなり、相続人はお父さんと、兄、妹の3人だったのですけど、妹さんである長女がニューヨークで仕事をなさっていたんですね。依頼主はこの方でしたので、時差を考慮して、向こうがちょうど仕事が終わる頃に話ができるよう、早朝出勤してSkypeでやり取りしたりもしました。
お母さんの遺産は、どれくらいあったのですか?
親から譲られた資産がけっこうあって、ざっと1億円弱ぐらいだったでしょうか。この事例の場合は、一切揉め事はなかったのですが、お母さんからお兄さんへの「資金移動」が頻繁で、それを含めて海を隔てた依頼主に説明するというのが、けっこう大変でした。
ああ、息子さんにお金を「援助」していたわけですね。
とにかく通帳の数が多いし、取引情報も膨大で、1つひとつ調べるだけで相当な手間と時間がかかったんですよ。息子さんへのお金は、生前贈与もあれば、「名義預金」らしきものもありました。
両者の違いを説明してください。
贈与は、渡すほうに「あげる」、渡されたほうに「もらう」という意思のあったことが要件で、基本的にそれを証明する文書などが必要になります。1年間に110万円を超えると贈与税がかかるのですが、「あげた」ものですから、当然その人の財産ではなくなります。
相続税はかからないわけですね。
そうです。これに対して、名義預金は、相続税の課税対象になります。子どもや孫名義の通帳にせっせとお金を積んでいる、というのが典型的なケースですね。妻が、夫の給料から勝手に自分名義の通帳にお金を入れる、いわゆる「へそくり」も、立派な名義預金なんですよ。こうした場合、いくら通帳の名義は他人のものになっていても、実質的には「稼いだ人」の財産ですから、その人が亡くなれば相続税がかかってくるのです。
今回の事例では、そういう形の「取引」が、数多く存在したということですね。
件数が多いだけに、曖昧にすれば税務当局に突っ込まれる危険性が高いと考え、1点の曇りもないよう、詰めていきました。お話ししたようなやり取りの難しさもあって、税務署への申告は期限ギリギリになってしまいましたが、なんとか無事終えることができました。

「迷った末に税理士に依頼。それが正解だった」

手前味噌になってしまうのですけど、この依頼人の方には、事後のアンケートで大変喜んでいただけたんですよ。
どういう点が評価されたのですか?
最初は、周囲からも「わざわざお金をかけて、税理士に頼む必要はないのでは」と言われ、相続税の申告を依頼するかどうか迷われたそうなんですね。でも、「結果的には、あれだけ煩雑な作業は、自分たちだけでは到底無理だった」と。
さきほどの名義預金もそうですが、主観的な判断で数字を決めたり、間違ったりした結果、税務署の指摘を受けて追徴課税(※6)などということになったら、目も当てられません。
 それにしても、お母さんは息子さんのために、ずいぶんお金を出していたんですよね。そのことについて、妹さんは悪い感情を持ったりは、しなかったのでしょうか?
それは、まったくありませんでしたね。むしろ、自分1人が海外にいることで、家族を心配する気持ちが強かったのだと思うんですよ。アンケートには、こんな感想も寄せてくれました。
 「遺産分割協議・相続税申告は、亡くなった母のことを思い出してしまい、非常に悲しいプロセスではありましたが、同時に亡くなった母の願いや、母が遺してくれたもの、一生をかけて家族にしてくれたことを家族皆で改めて確認し、感謝することができたと感じております」
なるほど。こういう相続だったら、天国のお母さんも、さぞ喜んでいることでしょう。
「申告手続きをきっかけに、自分に何かあった時どうするかなどの、今までなんとなく話しづらく避けてきた話題ときちんと向き合う良い機会となり、コミュニケーションも増え、家族の絆が強まった」とも。こういう感想をいただけるのは、税理士冥利に尽きます。
相続のおかげで家族がバラバラになってしまうこともあれば、その逆もあるわけですね。いずれにしても、申告手続き自体がスムーズに進まなかったら、そういうプラスの方向には行っていなかったでしょう。任せるべきところは「その道のプロ」に任せることの大切さを、あらためて感じます。
※6 追徴課税
申告漏れや脱税の目的で、本来支払うべき税金よりも納税した金額が少なかった場合に、追加で税金を支払うこと。加算税(過少申告加算税、無申告加算税、不納付加算税、重加算税)と延滞税がある。
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