4,630万円誤送金事件で“逆転劇”を演出した2つのポイントとは? – マネーイズム
 

4,630万円誤送金事件で“逆転劇”を演出した2つのポイントとは?

公開日:
2022/06/13
 

山口県阿武町が誤って4,630万円のコロナ給付金を振り込み、住民の田口翔容疑者(電子計算機使用詐欺容疑で逮捕)が一時返還を拒んだ事件は、容疑者が給付金を移していた複数の決済代行業者から町に返金が行われるという形で、9割超の回収に成功しました。取り戻すのは極めて難しいと思われた状況を打開できたのはなぜなのか?現場ではどのような作業が行われていたのか?各種報道などを基に、あらためて振り返ってみます。

回収困難と思われた高額の誤送金

「ネットカジノで使ってしまった」

事の発端は、2022年4月上旬。国の新型コロナウイルス感染症の長期化への対応策として打ち出した「住民税非課税世帯への給付金10万円」が、誤って田口容疑者1人に4,630万円振り込まれたことでした。全額の返還を求める町に対して、容疑者はそれを拒否。誤送金だと知りながら、スマホからオンライン決済サービスを使って決済代行業者の口座に振替を繰り返しました。5月12日に山口県警に逮捕された時点では、振込口座の残額は7万円ほどで、田口容疑者は「全て海外のネットカジノで使ってしまった」と話しました。

ない袖は振れぬ?

手痛いミスを犯した町は、給付金全額と弁護士費用など5,100万円あまりの支払いを求めて田口容疑者を訴えました。しかし、容疑者の元に返金の“原資”がないのは明らか。「少しずつでも返していきたい」という姿勢は見せていたものの、当時の報道は、「全額の回収は困難とみられる」というトーンで埋め尽くされたのです。

水面下で決行された“回収作戦”とは

回収先を決済代行業者に定めた

そうした状況もあって、463世帯分を振り込んでしまった町に対する風当たりも強まったわけですが、実は水面下で、給付金の回収に向けた行動が実行に移されていました。ターゲットにしたのは、所持金ほぼゼロの容疑者本人ではなく、給付金の振替先である決済代行業者でした。作戦の中身にはいまだに謎の部分もあるのですが、報道されている内容を総合すると、町側の「攻め手」は2つありました。

【攻略ポイント1】容疑者に税の滞納があった

実は田口容疑者には、国民健康保険税の滞納がありました。具体的な金額は明らかにはなっていませんが、住民税非課税世帯だったことを考えれば、そんなに多額ではなかったはずです。しかしこの事実は、町にとって事態を動かす大きな足掛かりとなりました。
 

町の着目したのが、税金の滞納に関することがらを規定した「国税徴収法」でした。同法は、滞納者の財産を調査する目的で、帳簿書類の検査を行うことを認めています(第141条)。この規定に基づき、町はまず誤送金が行われた容疑者の口座のある銀行に情報提供を求めました。その結果、給付金の振替が行われていた決済代行業者3社を突き止めたのです。
 

そもそも容疑者が多額の現金を決済代行業者に預けたのは、たとえ海外にサーバーがあったとしても、「オンラインカジノを利用したことが明らかになれば賭博罪に問われる」という事情がありました。カジノサイトへ直接資金移動させるのはリスクが高いため、こうした代行業者はよく利用されているようです。
 

ターゲットを見つけた町は、さらに同法第47条に基づく「差押」に動きます。田口容疑者とこれら決済代行業者が「委任関係」にあった、すなわち給付金を振り替えた業者の銀行口座は、実質的に容疑者の口座だとみなし、その差し押さえ・取り立て処分を行ったのです。
 

3社からは、5月20日に、容疑者が送金していた全額の約4,300万円が、町の口座に「返還」されました。この時点では、法的にはいぜん田口容疑者の財産となるため、町は容疑者の債権差し押さえの手続きを行い、6月8日に正式な回収が完了しました。

【攻略ポイント2】「違法性」を突いた

ただ、このやや強引な正面突破だけでは、決済代行業者からの全額の回収というのは難しかったかもしれません。町は、併せて今説明したような“ダークなカネの流れ”も徹底的に突いたようです。
 

町は、容疑者と業者の委任契約は、民法の定める公序良俗に反し無効だ、と主張したといわれます。契約が無効だとなると、法律上、入金された金は容疑者に返さなくてはなりません。容疑者には返還請求が可能だというのが、業者の口座差し押さえの根拠になったということです。
 

また、マネーロンダリング(資金洗浄)を規制する「犯罪の収益の移転防止に関する法律」や、「マネー・ロンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」に基づき、特に関係する銀行に対して「適切な対応」を求めたようです。同法は、収入に見合わない「疑わしい取引」については、金融庁へ届け出るよう定めており、そうした銀行へのプレッシャーが、結果的に業者を追い詰めることになった可能性は大いにあります。
 

それにしても、容疑者の供述通りだとすれば、決済代行業者は田口容疑者がカジノで使い果たした4,300万円を“自腹”で補填したことになります。現在までのところ、容疑者に損害賠償を請求するといった動きもみられません。これも報道されているように、これ以上いろいろ調べられたくはない、ということなのかもしれません。
 

切り札となった国税徴収法とは?

税の「滞納処分」などを規定

給付金の回収に当たって大きな武器になったのが、国税徴収法という法律でした。その名の通り国税の徴収手続きについて定めたものですが、重要項目の1つが「滞納処分」です。
 

税の滞納が発生すると、まず法令に基づく「督促」(督促状の送付)が行われ、それでも納付されないと、電話や文書による「催告」が行われます。さらに滞納状態が続く場合には、「財産調査及び捜索」→「財産の差押さえ」→「差押さえ財産の換価公売」というステージに進むことになります。その一連の手続きが、この法律には明記されています(「督促」については、国税通則法)。
 

なお、国民健康保険税は、「国税」ではなく「地方税」です。しかし、地方税や社会保険料の滞納処分も、この法律の規定によるとされています。

なぜ給付金を差押えなかったのか?

ところで、今回の事件では、今も触れたように国民健康保険税の滞納を理由に差押えが行われました。ただし、「本筋」は間違って振り込んだ給付金で、町の目的もその返還でした。なぜ、直接その分を差押えようとしなかったのでしょうか?
 

理由は、「それには時間も労力も必要だから」です。誤送金を取り戻すために差押えを行おうとすると、裁判所の手続きが必要になります。一方、国税徴収法に基づく滞納処分は、督促から10日経てば開始することができ、裁判所の許可も要りません。通常の債務などに比べ、税の滞納に対しては、それだけ厳しいということです。町は、国民健康保険税に対する滞納処分という裏技を使って、見事に誤送金の大半を回収することに成功しました。

まとめ

当初、誰もが回収は難しいと感じていた誤送金された給付金が、急転直下、早期に町に戻りました。背景には、国税徴収法などを駆使した町の“回収作戦”がありました。

マネーイズム編集部