センスでうちわ揉め
2007.10.31

当方、合唱を趣味にしていることは何度も書いています。
全くご存知でない方に、声部のことを説明しますと、
女声が高いほうからソプラノ・メゾ・アルト、男声がテノール・バリトン・バスとなります。

私は本職はバリトンなのですが、ここ最近はずっとテノールを手伝ったり、場合によっては
アルトまで出張したりしています。
それ程音域が広いわけでもないのですが、裏声が使えるのでどうにか対処出来ます。

で、テノールというのがどんなパートかと言いますと、混声合唱において最大の
魅せ所パートであり、テノールが上手ければ7割位は成功なのではないかと個人的には
思っています。
その代わり、求められるレベルが他パートに比べて物凄く高い!高過ぎる!!

何で「世界3大テノール」があんなにうけていたかというと、要はテノールというパートが
それだけ価値を認められているからなんですね。

私自身、バリトンで歌う時とテノールで歌う時では緊張感が違います。
で、その度に自分の歌い手としての技量・センス・声質等が如何に不足しているかを
思い知るハメになるのですが。
この悩み、合唱をやっている人ならなんとなくわかってもらえるような気がするのですが、
やっていない方からしたら、さっぱり実感がないと思います。


この実感のなさというのは、サラリーマンをやられている方と経営者・自営業者間に
ある絶対的な壁と近しいものがあるのではないかと思います。
「何でも経費に出来て良いね~」なんて、一度でも経営に携わった人間からすれば
「そんなに甘くないわい!!」と声を大にして返したい所でしょう。
また、「同じような業種でも求められている能力が全く違う場合」の説明のめんどくささにも
似通っているかもしれませんね。
「いや、確かにウチは広くいえば建築業だけど、ちょっと違うっていうか…」みたいな。


でも、結局どんな場面でも、活躍している方々には似ている部分があるような気がします。
「ウチは特殊だから」を「言い訳」にしている経営者で、大成をされる方はあまりいません。
決断力や基礎力、冷静さ等々、全ての物事において必要な能力にそれほどの差は
ないのかもしれません。


お金持ちは本当に守銭奴か
2007.10.30

世間でよく言われる言葉です。
「お金は寂しがり屋だからあるところに集まるものだ」
「金持ちってのはなんであぁケチなのか」


私は、これらの言葉はある意味においては真実をついていると思います。
資本主義なのですから、大きな資本を持っている方がお金を集めやすいのは当然です。
そして資本家たるもの、内部留保を考慮しなければならないのです(でなければ失格です)から、
ある意味においてケチにならなければなりません。

が、やはりこれらの言葉は全てを表現しているとは思えません。
私の知っている「儲けている会社」や「お金持ち」は、お金を使うべき所には使っています。
要は使い所が正しいか、間違っているかの差なのだと思います。


少し方面を変えて、消費税のことでもお話しましょう
「消費税は逆進性が強いため、高所得者に優しく低所得者に厳しい」との指摘がよくなされます。
逆進性が強いとは、低所得者ほど負担度が強い、という程度の理解で結構です。
(逆の言葉で「累進性が強い」というものがあります。こちらは高所得者が高負担という意味です。)
確かに、高所得者は内部留保を考えるためお金を溜め込むという前提に立てば、
低所得者の方が日々の生活にお金を使わざるを得ない分負担度が高いような気がします。
事実、ある種の統計においてはその通りの結果が出ているようです。

そこで、すこし長文になりますがこちらのレポートを紹介(PDFです)しておきます。
消費税に関する記述のみを簡単にまとめますと
「1年分の所得で比較すれば、確かに消費税は逆進性が高い。
 でも、生涯所得で比較すれば、別に逆進性は強くないのではないか?」という内容です。
このレポートには、消費税以外についても、皆さんが今まで聞いたことがないかもしれない
ような指摘が多数されていますので、是非とも全文に目を通して頂きたいです。

実は私の消費税に対する理解も似たような感じです。
これは私の経験則から得た結論です。
儲かっている会社の課税仕入(消費税が掛かる費用)の金額を数年分見ていると、概ね数年に
一回位、跳ね上がっている年があります。
何故かというと、設備等を中心とした投資活動を行っているからです。
例えば大規模な機械を導入すると、千万、億単位での出費が出ます。
資産の費用化は減価償却の手続きを踏むため少しずつ行われていきますが、消費税は
買ったその時に全額負担するため、数年に一度のペースで跳ね上がるのです。

これら投資活動では日常の売買とは桁の違う金額が動きます。
この桁違いの出費は、儲かっている会社のみに発生するものです。
鶏と卵の問題ではないですが、投資→儲け→投資→儲け→…の循環がその会社を繁栄させます。
儲かっていない会社にはこのサイクルがありませんので、消費税の負担も毎年
同じような金額が続くことになります。

これは別に企業だけでなく、各家庭においても同じではないかと思います。
高所得者が高級外車を一台買えば、それは低所得者の1年分の消費税負担を一時に
したのと同じことになるのです。
言葉は酷ですが、高級外車に縁がない家庭には負担し得ない税金なのです。
そして人は簡単に生活スタイルを変えられません。
一度高級外車に乗ったら、普通は次も同じクラス、いや上のクラスを目指すのです。


長い目で見れば、消費税は決して逆進性が高いとは言えないと考えます。
少なくとも、逆進性を理由にして消費税の増税を忌避するのは間違いではないでしょうか。
ただし、では消費税は増税すべきなのかと問われれば、それはまた別の話なのですが。


鏡よ鏡
2007.10.29

知りたいことはなんですか?

昨日、昼食を摂っていた所、口座を持っている某大手銀行からTEL。
「資産運用レポートをお送りしている方へのサポートです」とのことでした。
例の金融商品取引法の一環でしょうね。

ちょっと前の日経金融新聞に
「日本の消費者の金融機関に関する満足度は各国中最低」
「金融商品取引に関するサービスが如何に欧米に比べ遅れているか」
というような趣旨の記事が載っていました。

そしてこれに加えてもう一つ。
これまた少々前の朝日新聞のコラムで
「FPとして生計を立てられている人は余りいない」
というようなことが書かれていたそうです。


これらの記事は表裏一体の関係にあると思います。
情報を整理し結合できる人はどんな所でも高い評価を得ています。
情報の取得は簡単ですが、それを利用できる人は意外と少ないものです。
しかし、評価に対しての報酬については、日本と欧米では大きな差があります。

日本においては、情報に対して対価を支払うという習慣が未だに根付いていません。
例えば金融商品取引法では販売後のサポート等についても考慮するように規定が
作られていますが、果たしてそのサポートが消費者にとって歓迎されるかというと、
微妙なのではないでしょうか。
「そんなの余計なおせっかいだから、それよりも預金金利を上げろ!手数料下げろ!」
という声がそこかしこから聞こえてきそうな気がしませんか?

日本の金融機関のサービスが余り高くないことは私も認めます。
更に言えば、金融制度自体にも制限が多すぎるため、魅力的な商品が生み出しにくい等
構造的な問題があることもわかります。
ETF一つ作るのにこんな苦労をする国が、金融立国を目指すなんて、とんだお笑い種です。

しかし、実は消費者側の意識改革も同じくらい大事ではないかと思います。
情報を手に入れようともしない、手に入れても分析をしない、でも資産は増やしたい。
そんな都合のよい商品は世の中にはないのです。
時間をかけて自分でやるか、お金を払って他人に任せるか、その程度の覚悟がないので
あれば、資産運用など目指すべきではありません。


そして私がすべきことは、頂く報酬に見合う、いやそれ以上のサービスを提供することです。
それはFPだけではなく税理士業についても全く同じです。
もっと研鑽を積まねばなりません…。


分かり合えぬ生き物
2007.10.28

今日は月に一度のバリカンデー、自分で頭を丸めました。
以前は床屋に行っていたのですが
・自分でも出来そうな頭にお金を払うのがもったいない。
・思ったような短さに切ってもらえないことが多すぎる。
ということで、自分でやるようになりました。
もう1年、最近では慣れたものです。


昨日の記事で私は「歴史とは表現だ」と断言しました。
実はこの言葉には一応の根拠があります。
大学時代に少しだけ勉強した情報工学で、唯一しっかりと覚えていることです。
「自分が発した情報が相手に正確に伝わる確立は何%か?」という問いです。
正解は0%、つまり自分の言葉は相手には絶対に正確に伝わらないのです。

理由を説明します。
人間は何かの情報に接したとき、必ず自分の中にある知識や経験を参考にして
意味づける作業を行います。
私があなたに「おはようございます」と言ったら、おそらくあなたの中では
「おはようございます→あいさつの一種・朝にするもの」といった解釈をされるでしょう。
問題は「あいさつとはどのようなものか」や「朝とはいつなのか」という事項が、
個々人において絶対に一致しないことなのです。

つまり、私が発する私の言葉は、あなた独自の解釈により全く別の意味づけがされ、
あなたの言葉に変換されてしまうのです。
そしてあなたが発する言葉も、また同じく他の人に全く別の意味づけをされます。
「言いたいことが伝わらない」のは当り前なのです。
床屋で切ってもらった自分の髪型に満足できないのも仕方なしと言えましょう。

「詭弁だ、ある程度の一般的な常識というものはあるし、絶対的な真理もあるはずだ」と
いう意見があるかもしれません。
しかし、「常識」とは簡単に移ろいます。
電話とは自宅で受けるものが当り前だった時代を思い出せますか?
「人を殺すことは悪い」ですが、では以前の奴隷制度はどのように解釈しますか?
奴隷制度の下では「奴隷=物」でした、人が生物として扱われなかったのです。
「殺す」ことが絶対的に悪いのなら、なぜ国連レベルで(安保理の承認等を受けること)
戦争の権利が認められているのでしょうか?
そして「絶対的な真理」とは、所謂「神」や「イデア」と呼ばれるような存在です。
それは宗教や哲学の分野であり、私はその世界についてここで語るつもりはありません。


だからこそ歴史は表現でしかありえないのです。
どんな情報も発した時点で表現が含まれ、受け取った時点で別の形に変わります。
それを何度も繰り返したら、どれほどの変化が起こっていることでしょう?
歴史とは、壮大な伝言ゲームでしかないのです。


それ故に私は自分の言葉をここに記しています。
自分の言葉は決して相手に伝わらない、しかし類推はしてもらえるかもしれない。
私がどのような考えを持っているか、それを常に発信し続ければ、いずれ相手の中に
私の世界観を少しでも浸透させることが出来るかもしれない。
情報と情報の隙間を埋める
発信することで得られる経験を大切にしたい
そしてもう一つの語る理由
「発信することで自分という存在を相手に浸透させたい」


物語はキーボードにより語られ
2007.10.27

webに継がれる
今、その物語を語ろう…

今回も敢えて世間に対してケンカを売るようなお話を。

こちらの記事を読んで。
色々と思うことがありますが、まず先に私の主張をはっきりさせておきます。
・実在する児童を対象とした児童ポルノの単純所持について規制することについて、全く異論は
ありません、厳罰化多いに結構。
・漫画、イラスト等の安易な規制には反対します。
何故そのような結論になるか、3つの面から意見を述べます。

1.調査方法が明らかにおかしいです。
実在する人間に対する主権の侵害と実在しないキャラクタに対する調査がごちゃまぜに
なっているのは、調査結果に偏向を生むのではないかと思います。
調査手順についても「こうした「有害情報」が「近年、多くなっています」などととする説明を
調査対象に提示して実施」とは、明らかに結果の誘導ではないでしょうか。
更に「全国の20歳以上の3000人に対し個別面接で実施」、目の前で質問された状況で
規制に批判的な意見を述べられる人間がどれ程いるのか、疑問を抱かずにいられません。

2.因果関係がよくわかりません。
この調査は「有害情報が増えました、だから犯罪が増えています。」と暗に示しています。
が、インタネット等による「有害情報」の氾濫が犯罪を増加させているという明確な統計結果が
出ているのでしょうか?
少し調べて頂ければわかりますが、凶悪犯罪と呼ばれるものの絶対件数は数十年前よりも
減少しています。(検挙率等の低下もあるのかもしれませんが)
この規制を正当化する為には、この因果関係をもっとはっきりして頂きたいのです。
テレビのワイドショーで犯行手口を放送することに犯罪の誘発性がなく、インタネットを
介すると犯罪誘発性が増加するという証拠があるなら、是非出して頂きたいものです。

3.明確な法文化が余りにも難しいと思います。
伊藤正己さんという最高裁判所判事を勤められた方が書かれた「憲法入門」という本があります。
この本の中に所謂表現の自由についての解説があります。(P158より要約します)
・例えばわいせつ表現等、価値が一般的に低いものを規制するのは違憲ではない。
・でも、価値較量は必要で、表現の自由を保護することは重要。
・規制が有効となる目安は次の4つ
(1)検閲は絶対にダメ。(事前の抑制についても厳密なルールは必要)
(2)抑制される表現の明確な法文化が必要。
(3)複雑な場は「明白かつ差し迫った危険」が有効。
(4)より制限的でない他の手段がないか考えよう。
私が特に問題視したいのは(2)です。
例えば私は「顧問に間違われた15歳」も知っていますし「中学生にしか見えない30歳」も
知っています。
実在する人間にすらこれだけのバリエーションがある中、架空の存在であるキャラクタの
どのような容姿を対象とするのか明確に法文化出来るのでしょうか?
「設定年齢300歳の外見10歳相当」はアウトですか?セーフですか?

もしこの点について裁量権のようなものを行政側に認めてしまえば、拡大解釈される
可能性はかなり大きいのではないかと思います。
まず(4)により表現者側に節度ある対処をしてもらった上で考えるのが穏便ではないかと。


例の「教科書検定問題」での対応と今回の件では、余りにもダブルスタンダードでは
ないかと思います。(別に私は沖縄の当事者の方々に不満はありません)
「歴史の事実と漫画では重みが違う」とおっしゃられるかもしれません。
しかし、歴史とは人間が「事実らしきもの」を表現するものです。
完璧な歴史の事実を記述することは絶対に不可能です。
体験した人間が言うのだから間違いはないというのであれば、人間の記憶がどれほど
劣化せず、変遷しないものなのかを明確にして下さい。
また、全ての当事者たちの正確な心情を漏らさずに記述して下さい。
そういった所をある程度すり合わせ結果でしか、歴史とは記述できないはずです。
繰り返します、歴史とは表現なのです。


この検定は不当、あの規制は正当、その論拠はどこにあるのでしょうか?
2つの議論において、証拠や論拠の明瞭性について余りにも対応に格差があり過ぎです。
もし今回の表現規制を無批判に受け入れるのであれば、少なくとも教科書検定問題に
ついても、無批判に国の対応を受け入れるべきです。
要は私は、フェアな議論をして欲しいと言いたいだけなのです。


暗黙知
2007.10.26

調査が終わりました、とりあえず。
ところで、この秋は「税務調査接触率増強キャンペーン(従来比三割増)」なんだと
調査官の方に教えて頂きました。
この秋、調査が多いような気がしていたのは、気のせいではないということで。
受けたいものではありませんが、顧客先の問題点も明らかになったので収穫はありました。

以前、憲法に関する話を書いたことがあります。
今回はその時勉強した、もう一つの前提について書きます。
但し、先にお断りしておきます、かなり不興を買ってしまうかもしれません。
ここに書くことに、他意はないことを最初にご了承下さい。

「何故国民以外には選挙権がないのか、公務員になれないのか」という点について、
法律にはどこにも明確な答えは書かれていません。
しかし、このことは広く世界中において適用されているルールです。
何故法律に書かれていないのにそのようなルールがあるのか、それは
「それが当然だから」なんだそうです。
ではなぜ当然なのか。

前回の記事において、私はこのような論理展開をしました。
性悪説→法律の必要性→市民社会形成→犯罪+外敵の存在→(以下略)
実は、この時点でもう一つ存在が想定されているものがあります。
それは「異分子」、つまり「外国人」の存在です。

外国人の存在は、市民社会と国家の形成において一つの障害になりかねないという
懸念が、法というものが考えた当初からありました。
そこで法律を形成する際、このようなルールを作ったのです。
「外国人は(仕方ないから)市民社会には入れてやるけど、
 市民社会を守るための組織である国家への所属は認めないよ」

よく税金を払っているのに選挙権がないのはおかしいという論旨が展開されますが、残念ながら
その論旨は根本が違っているのです。
租税納付は確かに国家運営のための資金ですが、国家は市民社会のためにあります。
その意味において、租税を納付することは市民社会への参加権を購入しているといえます。
おまけで市民社会に参加することが許された外国人には、そこまでが精一杯なのです。
もし「選挙権がないなら税金を払う必要がない」という方がいたら、その人は
「その市民社会(ほぼ国家と同義)で暮らす権利は要りません」と言っていることになるのです。

この論旨を明確に否定するためには、現代法の根本から構築しなおす必要があります。
それ位この問題は根が深いのです。


人の流動化が進んでいる今、我々が取るべき選択肢はどのようなものなのでしょうか。


好景気ってなんですか?
2007.10.24

おはようございます、ロスジェネど真ん中です。
世間では25~35歳は哀れみの目で見られているようですが、当方もうすぐ
30歳、正にロスジェネ of ロスジェネと言えましょう。
ですので世間の方々はもっと私を哀れんで、月額顧問料100万円位のお仕事を
20件とかくれれば良いのだと思いますダメですね無茶ですね。

何せ青春時代の全てを不景気の中で過ごしていますので、50代位のお客様から
「昔はもっと景気が良かった」と言われても正直ピンと来ないことが多々あります。
逆に言えば、商売というのは物凄く難しい、というデフォルトに立って物事を考えて
いますので、割と厳しい視点でのアドバイスが出来るかな、とは思っています。
同世代の経営者で成功している方々は、常に新しいアイデアを実現化しながら、
積極的に行動しています。
私も座して待つのではなく、慌しくても何かをし続けていく必要があるのでは、とは
思っています。(もちろん効果を判断する為に待つのは大切なのですが)
地道な努力とそれを基礎とした改革力、どちらも備えたいものです。


「人間は最良の思い出と最悪の思い出を基準にして行動しやすい」という傾向が
あるそうです(ラジオでの聞きかじりです)が、そうめったにはないことに捕らわれて、
目の前のチャンスをみすみす逃すようなことがないようにしたいものです。


で、とりあえず月額50万円10件位でどうでしょうそんなに甘いわけないですねええ。


日記2(普通か?これ)
2007.10.23

連続更新記録が途絶えてしまいました。
昨日は資産税の研修会の後、事務所に帰って夜までお仕事。
今週後半には楽しい楽しい調査が二日間入っているので、身も心も余裕がナシ!


そんな中、昨日体験した恐怖の出来事でも。

研修会は桜木町にある東京地方税理士会支部会館という所でありました。
紅葉坂という急坂の途中を入った辺りにありますが、この坂の上には県立音楽堂
という施設がありまして、そこには合唱関係でしょっちゅう行ったりしています。

乗換えを済ませ、後は事務所の最寄り駅まで乗っているだけ、という状況。
椅子に座ろうとした際、隣にいた女子高生と少し目が合いました。

椅子に座り本でも読もうかな、と思ったその瞬間、
「私、ヒゲってダメなんだよね~。」と一緒にいた友人に話し始める女子高生。
私、時期によってヒゲがあったりなかったりするのですが、昨日はヒゲあり日。
オレか?オレを見て思い出したのか?でも普通いきなりヒゲの話を振るか?
困惑する女子高生友人、そして反対隣の私(表面上冷静を装う)。
周囲の乗客のこちらを伺う視線、いや、オレじゃなくて話してるの隣だから!
そこからも続く女子高生トーク。
最後のとどめは「ヒゲは臭い」で終了、私、困惑を通り越し、噴出すのをこらえる
のに一苦労。
ま、きっと本当にヒゲが生理的にダメだったのでしょう。


そういえば、税理士さんの中にも極端な方が結構いらっしゃるみたいです。
中には「福利厚生費は一切認めない」なんて方もいるみたいですね。
きっと何となくやましい、いや「臭い」感じがするので、生理的にダメなのでしょう。
作業の標準化という意味では楽そうですけど、お客様の利益には適っていない
ような気がしますけど。


そんなわけで、昨日は研修の内容以上にヒゲの話が頭に残ったのです。
今日は簡単な講師の仕事をしてきます。


日記(すごく普通)
2007.10.21

別に四六時中変なことばかり考えているわけでもないのです。
そんな、どこらへんにニーズがあるのかよくわからないけれど、
たまにはちょっとした日常を書いてみようのコーナー。


土曜日
毎週男3人で留守番の土曜日、暇つぶしのネタさえあればそこへ急行。
近所の小学校でバザーがあると聞きつけ、29歳・4歳・2歳のパーティで冒険の旅へ。
会場は私の母校、久しぶりに校内を探索したり、出店で買った食事を3人でつまんだり。
会場にはご近所さんも沢山いたので、退屈せず。

帰宅後、お隣の6歳のお兄ちゃんが遊びにきたので、4人でおにごっこ&かくれんぼ。
29歳児、子供3人相手に奮闘、本気で隠れてみたり。
夕刻、ガス欠により強制終了、家に帰ってぐったり。


日曜日
午前、昨日の疲れから行動不能、ソファの上で気が付けば寝ていた。

午後、お客さんが最近オープンしたアロハグッズのお店にお邪魔することに。
都筑区は妻の実家や他のお客さんがいることもあり、少々土地勘あり。
お店はそれほど大きくはないが、充実の品揃え。
私がお邪魔していた所、ネットで調べて来店したお客さんが「良い品が他より安い」と
絶賛されていた。
こちらで先日頂いたバッグには、書類を詰め込んで運んだり、子供の着替えやオムツを
突っ込んで散歩したりと大活躍中。
ちなみに私は「歌えるけど踊りはイマイチな税理士」だったりする。
(でも今歌っている曲は踊り付き、泣きそう)


と、こんな平穏な週末、鞄の中には憲法と民法の本を携えつつ。
明日は相続税の研修会を受けてきます。


南向き庭付き一戸建て(歌手付き)
2007.10.20

おはようございます、地元「元」農家です。
昨日は我が家から徒歩5分の芋畑で、長男君が芋を沢山掘ってきました。


少し前の話ですが、某大手サイトさんからweb上に広告兼コラムスペースの
ようなものを出しませんか、という有難いお話を頂いたことがありました。
残念ながら、色々な事情から今回はナシということになったのですが、そもそもの
きっかけは私がここに書いている文章を読んで、とのことでした。
私の書いたつたない文章が少しでも評価を頂けたのは、素直に嬉しかったです。

その際、システムの基礎的な資料を頂きました。
当然にそこには利用料も載っていたのですが、それを読んで思わず一言、「安!!」。
皆さんが今このblogを読んでいるきっかけもひょっとしたらそうなのかもしれませんが、
私自身も現在Yahoo!ファイナンスに広告を出しています。
その広告料についても、私は非常に妥当な、むしろ割安な金額だと思っています。
少なくとも電話帳に広告を出すよりは、遥かに効率が良いです。

少し前このblogで不動産鑑定士の話を書きました。
実体のある不動産に比べ、「ネット上の住所」の資産価値は算定基準がありません。
(一部では評価しているサービスもあるようですが)
私は「ネット万歳!!」という主義ではありませんが、それでも実体資産に比べ、ネットの
方が所謂SEOには圧倒的な強みがあると思っています。
その広告料としては、某大手もYahoo!ファイナンスも、充分割安だと思います。


話は変わって、ちょっと前にも取り上げましたがこの方を巡る動きが激しいです。
とはいっても極一部での騒動なのですが…これってそんなに小さな話ではないのでは。
その辺りの理由はこの辺り(その1その2その3)を読んで頂けるとわかりやすいかと。

私自身、それなりの時間をかけてこのblogを書くようになり、また自分のHPも一応
更新を続けて改めて思うようになりましたが、やはり表現をするということは楽しいです。
合唱をやっていることは随分前に書きましたが、合唱人は結局、他人様が歌っているのを
観るよりは、自分で歌うほうが好きなのです。
表現をすることを覚えてしまうと、もう只の受け手には戻れません。
だからこそ、他人様から評価を頂けるととても嬉しいわけです。

自分で作曲をする人は、当然誰かにその歌を歌ってもらいたくなります。
その時の共通のプラットフォームとして「初音ミク」のようなものが出てきました。
一昔前でいえばFlashを使ったアニメが流行ったりもしました。
多分技術うんぬんの話ではなく、そういった土壌が出来てきたことがすごいのではないかと。
そのきっかけの全てにネットが絡んでいるのは、まだネットの世界では色々なものが割安で、
可能性に満ちているからなのではないかと思っています。

実は私はテレビを「見」ません、見ている暇がないからです。
勉強したいことも山盛りですし、自分のHPやblogに手を入れたりする時間が惜しいです。
それにネットを探せば、一般の方が作ったテレビよりも面白いコンテンツが沢山あります。
しかもそれらは、「観」たいときに好きなように観られるのです。


もう一つの私が語る理由は、ネットというものに「発信」し続けることにより得られる
様々な経験です。


武器や防具は装備しないと意味がないぜ!
2007.10.19

薬草でもあれだけ即効性があれば充分売れると思います。
常人の最大HPなんて、たかが知れていますし。


「たかはし」という全国3位の微妙な地位にある苗字ですので、他人様に
名前と顔を覚えてもらうためには、一工夫必要かな、と思っています。
で、工夫の一つがこちら。

meishi.jpg

大きな写真入り名刺です。
幸いにして、割と皆様に御好評を頂けているので、素直に嬉しいです。
家族からは「恥ずかしい」と言われていますが「目立って何ぼの商売だ」ということで、
これくらい大きな写真の方が良いと思っています。


もう一つはこちら。
これは別にインパクト狙いではないのですが、結果的に相手からは結構
覚えられている、というものです。

mannen.jpg

税理士受験生の時代に使い始めた筆記具です。
特に万年筆は皆様に覚えて頂くのにとても役立っています。
万年筆は常に2本は持ち歩き、事務所に1本予備が置いてあります。
これがないと仕事にならない、必須の装備です。


おかげさまで、こんなに「影の薄い私」(反論は認めません)でも、初対面の皆様に
高確率で覚えて頂ける様になりました。


120問まではいけました
2007.10.18

税理士試験では、理論暗記が吐き気がするほど大変でして。
全部覚えれば間違いない、とわかりつつも、結局どれかを捨てるハメに。
それで一度落ちたもので、次の年は全部覚えていきました。
「相続消費個別応用理論全問制覇」(ほとんど中国語みたいですね)

歌仲間に苦労を話したら「曲でもつけて、歌って覚えたら?」と冗談まじり。
それでも当時は本気で考えたものです。

そこで、最近流行中のこの方にでも歌ってもらって、
「萌える法人税法」なんてのを出したら、って4秒ほど考えた後、
余りのくだらなさに「オレ、疲れてるのかな」とポソリと呟いた、
冬の足音も聞こえてくる今日この頃。


波はささやき、ひもはゆらめき
2007.10.17

物理シリーズ第三弾、自分でもよくわかっていないのに!

超ひも理論のお話。
前々回の相対性理論は極大、前回の量子力学は極小の世界を取り扱う、
現代科学の基礎を築き上げた偉大なる学問です。
が、この二つ、両立しないことが問題となっていました。
両立しないということは、惑星以上のレベルと素粒子以下のレベルでは同じ法則が
使えないということになり、正に「宇宙の法則が乱れ」ていることになってしまいます。

この問題を解決する理論として、超ひも理論が存在します。
「超」の部分は「超対称性」という意味で、この超対称性が理論同士の不都合な部分を
上手く解消してくれるのです。
不都合部分が解消されれば、全物理学の統合も可能となります。
こちらの「エレガントな宇宙」という本などが、入門書として有名です。
11次元の世界、今の我々には決して理解の及ばぬ世界です。


さて、税務会計と企業会計は、常に相容れぬ存在として対立を続けてきました。
企業会計と税務会計で費用の範囲が違う等という話は、皆様も聞いたことがあるかも
しれませんが、極簡単にいうと、日本の税務会計は「税金を沢山取るための会計」であり、
つまり費用の極小化、収益の極大化を狙っているのです。
従って企業会計上の利益から計算される税金よりも、実際の税金の額は多額になることが
ほとんどでした。

それを解消されるために取り入れられたのが、既に海外では古くから利用されていた
税効果会計という仕組みでした。
これも簡単にいうと、企業会計側で税務会計との歪みを適当に直して、本当の企業の
業績利益を計算しよう、というものです。

が、この税効果会計が、特に金融機関を中心に半ば粉飾の為の手段のように使われて
いるのではないか、という議論になって早数年、未だにこの問題は尾を引きずっています。
この問題の根本は、国内外の税務会計の考え方に根本から違いがあることです。
欧米において、税務会計では(むしろ日本とは逆に)費用の拡大化や収益の縮小化という
措置が広く認められているため、税金が思っていたよりも安くなることが多いのです。

口語訳すると
日本「税金こんだけ払ってるけど、本当はもっと安いはずなんだよ。払いすぎの部分は
    前払いだと思ってね。将来は前払いの部分だけ税金安くなるから。」
欧米「税金こんだけ払ってるけど、本当はもっと高いはずなんだよ。色々と手を使って
    今回は安く済んでるけど、その内ツケは払うかもしれないから、気をつけてね。」
仕組みが同じでも、利用の仕方が違うのだから、上手く機能するわけがありません。

では海外の企業会計がご立派なのかというと、そんなこともないのが既にバレていまして。
今、世界中の会計基準を統一しようという動きが非常に活発です。
しかし、統一される会計基準と国内税務会計との差異は広がるばかりです。

で、だれが大変なのかというと、税理士なんですけどね。


3回程、物理学のネタを続けてみました。
これらの話は加藤元浩さんの「Q.E.D.-証明終了」という漫画がきっかけとなっています。
この漫画、推理モノですが、各種学問的な問題が載っていてとても面白いです。

学ぶことを止めてはならない、何故なら「それが人間の使命だからです。」


恐怖!猫実験!!
2007.10.16

ファミレスのバーミヤンでは、3歳以下の子供はドリンクバーが無料です。
で、レシートを見ると「無茶バー」と書かれています。
今、我が夫婦間において、その語感がツボに嵌り、空前の「無茶バー」ブームが
起こっています。

今日も昨日に引き続き、物凄く適当な説明をしていますが、ご了承を。

量子力学のお話。
空の貯金箱に小銭を一枚入れたら、箱の中で小銭は表か裏を上にしています。
(ちょうど小銭が立った、という可能性は排除して下さい。)
でも、小銭が表か裏か、それは箱を開けてみなければわからないわけです。
量子力学的な発想だと、この場合、小銭は箱を開けるまでは表でもあり裏でもある、
という奇妙な状況が生まれます。
「そんなことは有り得ない」と常識では考えますが、実は極小の世界では、一つの
ものが表でもあり裏でもある、という状況が普通に起こっているのです…というより、
起こっているとでも考えないと、辻褄が合わないのです。

量子力学で私がもっとも面白いと思っている点は、結局誰も「何故表でもあり裏でも
あるのか」ということに明確な答えを出さないでいることです。
わからないけど、そう考えると色々と都合が良いからそういうことにしよう、という
前提にたって、現在の様々な技術が発展してきました。
もしこの前提がなければ、少なくともあなたも私も、ネットを使うことは出来ませんでした。
この辺りの話は、こちらの「哲学的な何か、あと科学とか」という本が非常に面白く
まとまっていますので、興味がある方は是非読まれてみて下さい。


さて、皆様「利益」という言葉はもちろんご存知でしょう。
では質問です、「利益とは何ですか?」

この質問に明確な答えを出せたら、その人は会計学の世界に革命をもたらせます。
実は現在の会計学において、この答えは出ていません。
利益とは「収益 - 費用」や「期末資本 - 期首資本」という差額計算でしか
定義が成されていないのです。
収益や費用、資本についての定義は数多くありますが、利益自体を定義出来た
学者さんは一人もいないのです(少なくとも私は知りません)。

「現代の企業会計は、適正な期間損益計算を目的とする」という文言は、税理士
試験等、会計関係の試験を受けられた方には耳にタコな文章です。
が、その基本目的である利益が何なのかは、実は誰もよく知らないのです。
相対的な存在でしかない利益、それが経済や会計の世界においては、絶対的な
評価基準になっている、なんとも不思議な話だと思います。
が、結局は利益が「比較項目として便利だから」皆なんとなく使っているのです。


役に立つから使う、役に立たないものは考えてもしょうがない、これが基準です。
科学者・研究者というと浮世離れした、不可思議なことを研究しているような
イメージがありますが、決してそんなことでもないみたいです。
少なくとも、「シュレディンガーの猫」実験をやって、無駄に猫の命を犠牲にするような
ことはしていないみたいですね。


内なる宇宙
2007.10.15

昨日、所属している合唱団が、全国コンクールの地方大会に出場しました。
結果として、全国大会出場が確定、あと一月ほどは、合唱についてはコンクール主体の
活動が続きそうです。
ちょっと喉の調子を悪くしており、昨日は不本意な部分もありましたので、もう一度
機会があることは素直に嬉しく思っています。
さて、練習せねば…。


今日のお話は、枝葉末端に至るまで、簡潔な説明に努める為、科学的見地や
用語の定義において物凄く適当なことを言っていますが、ご了承を下さい。


相対性理論において、時間と空間は等価なものであるという説明がされています。
我々が持っている時間と空間を進むエネルギーは常に一定です。
ですので、空間を進む側にエネルギーを大量に費やすと、時間を進む側のエネルギーが
減ってしまう為、結果的に時間が(外から見て)遅く流れることになります。
よく言う「光速に近い宇宙船に乗ると時間がゆっくり流れる」などという話は、
時空というものの、そういった性質に由来します。


我々の住むレベルでの世界においても、空間を移動するという行為は、単純に
言って様々なロスを生みます。
車・電車・飛行機等々、エネルギーや廃熱等、ロスが無くなることはありえません。
そこで「動かずに知る・体験することが出来れば、動かなくて良いのでは」という
発想が出てくるのは、通信技術の向上もあったことから、半ば歴史の必然でした。
所謂「バーチャルリアリティ」、もう少し我々の世界レベルでいうと、正に今、あなたも
私も接続している「インタネット」の存在は、かなり以前から予見されていたことです。
これら予見されていた技術においては、「知る」だけでなく「体験する」ことすらも
動かずに出来るようになっています。
極論すれば、体験とは脳内での作用に過ぎませんので、例えば皆さんが「もの凄く
おいしい焼肉を食べた」経験を脳内で再生できれば、もうそれは体験したことと
何ら変わりはないことになるわけです。
私の知っている話として、J.P.ホーガンの「星を継ぐもの」から始まる巨人シリーズ、
森博嗣さんの「すべてがFになる」、少し毛色は違いますが映画「MATRIX」も
一応この範疇に入れておきます。


人間社会においての法律の発展は、科学技術の発展と連鎖している、という
認識が一般的だそうです。
中世封建社会、つまり農業社会において、人や物は「動けないもの」でした。
輸送・通信技術が未発達であったため、作ったものはその場で消費するのが
当然だったのです。(所謂「完全な地方自治状態」であるといえます。)
例えば租税について言えば、作ったその場で課税されていたわけです。

産業革命以後の近代市民社会、つまり工業・商業社会形成後は、人や物は
動けるものとなり、その動きに伴い通貨・金銭の流れが活発化しました。
動けるのですから、必然的に人は特定の場所に集まっていき、その結果
中央集権社会が到来し、国家制度も経済も、より中央が強い状況が生まれます。
租税は、物そのものへの課税ではなく、金銭への課税へと姿を変えました。


では情報化社会と呼ばれている現在、人や物は再び「動かない」という選択肢を
取ろうとしています。
広く言えば商業社会の中にあるわけですから、租税制度が金銭に対して課税を
するということに、特に非合理性があるようには感じられません。
が、その他法律関係については、果たして今までの「動く」社会を基本とした
法制度をそのまま当て嵌めて良いのか、大きな疑問があります。
例えばこんな話を具体例として挙げておきます。


今後、技術は人間に内在する個々の慣性系・世界を利用する方向に間違いなく進みます。
それは社会にも影響を与え、個々人の内側での価値観が高まってくるはずです。
その際、外部からの干渉である法律の立ち位置は、益々難しいものとなるでしょう。
立法者や法律関係者は、より精緻なる分析や施策が求められます。


門前払い
2007.10.13

10年早いんだよ!っというセリフがありましたが。
いえ、3D格闘はやったことがありません、やりこんだのはストⅡくらいです。
待ちガイルとか、友達なくしますよね。

本題。
楳図かずおさんという著名漫画家の自宅建築を巡る騒動について、東京地裁の
判決が出ました。(参照リンク
今回の記事は、この判決についてどうこう言いたいわけではありません。
この件に関する新聞記事のタイトルに、看過できない問題を発見したからです。

今回の件に関する各社の記事タイトルを見ると、ほとんどの社が「却下」であるのに対し、
ある社は「棄却」であると記載してあります。
却下と棄却とでは、結果に雲泥の差があります。
最初に簡単にいうと、却下は問題外、棄却はケンカしたけど負けた、という意味です。

もう少し今回の件に即して具体的に説明します。
実際の判決の論旨とは違うかもしれませんが、話をわかりやすくする為に色々と
簡略化等をしていますので、ご了承下さい。


そもそも民事訴訟とは、原告側が「自分にはこんな利益がある。だから
被告はこうしなくてはならないorしてはならないんだ」と訴える仕組みです。

今回の裁判は、原告である地域住民が「景観権」のような利益を主張して、
楳図さんら側の「表現の自由」を制限しようとした、という構図です。

これが却下の場合
「そもそも景観権なんて権利はない。
 だから地域住民に訴える権利なんて最初からないんだよ。」
という結論になります。

では棄却の場合
「景観権はあるけど、楳図さん側の表現の自由の方が重要かな。
 だから地域住民は我慢しなさいね。」
ということになります。

この差は歴然としています。
ちなみに判例では、景観権という利益は未だに認められたことはありません。
(国立のアレは?という方は、裁決の文面をよくご確認下さい。)

結論。
どちらの新聞が正しいのかは知りませんが、用語は正しく使ってください。

p.s.裁判用語について、もう一つよくいわれる問題がありますが、
  それは次の機会にでも書こうかと思います。


私が語る理由
2007.10.12

donguri.jpg

この秋、私がお勧めする新キャラクター「どんぐり君」です。
つぶらな瞳、涼しげな口元、しなやかな手足、愛らしい帽子、素材の味を活かした
魅惑のフォルム…。
材料は長男(4歳、年少さん)が公園で拾ってきた新鮮などんぐり、これを私が
吟味した上で、一つ一つ丁寧に仕上げております。
只今絶賛製作中、お問い合わせはコチラまで!


改めましておはようございます、税理士&FPです。
妻がポソッと言った「楽しい?」という一言が忘れられません。
ああ、楽しいともさ!かわいいじゃん、どんぐり!!

それはさておき。
私はこのblogで、所謂税法上の規定についての解説等をまったくといって良いほど
取り上げておりません。
その理由は至って簡単で、「他にもっと説明の上手い人がいるから」です。

では私が世の中に発信したい情報とはなんなのか、という事を考えてみました。
もちろん「新規のお客さんを見つけたい」というのは偽らざる本音です。
それ以外に何がしたいのか、そこで得た結論は「税法の規定の根幹にあるものを
わかりやすく伝えられないか」というものでした。
税法の規定は、経済情勢によって変化もします。
それに加え、税法は単独で存在するのではなく、他の法律との相互依存によって
成立しています。

ですので私は、最近起こっている経済事象や事件、更には法律の解釈論や立法論
まで取り上げながら、このblogの記事を書いています。

はっきり言って、皆様の実用性という意味では、正直役に立たないようなことを
多数書いていると思います。
が、もし私が書いた文章が、何か新しいことに気が付く、あるいは考えるきっかけに
なることが出来たら…というのが、このblogに込めている願いです。

ちょっとビジネスライクに表現するなら「既存の情報と情報をつなげ、新たな価値観を
想像する」なんてのはどうでしょうか…あまりかっこよくないですね。
まだまだ文章力が足りません、おそまつ。


奉仕と利得
2007.10.11

昨日の続き、この事件についてもう一つ気になることです。
今回の事件が拡大した一つの要因として、NPO法人が悪用されました。
そのことについての意見です。

まず最初にお断りを。
私自身、複数のNPO法人とのお付き合いがあります。
それらの団体は非常にまじめに活動をされていますし、(後述しますが)必要な部分については
きちんと税務申告も行っております。
その他、仕事上以外のお付き合いでもきちんとした活動をしているNPO法人さんを
存じ上げております。
今回の文章は、それらきちんとした団体の方々を貶めることが目的ではありません。
NPOという組織を悪用している人間を非難するものとして読んで頂ければ幸いです。
また、これからNPOに参加する、あるいはお付き合いを始める方々の判断基準としても
活用して頂ければ、と思っております。

まず、世の中に蔓延しているNPOに関する一番の誤解を解きます。
NPOという団体は、別に国と一緒に仕事をしているような団体ではありません。
NPOとは、国や公共団体では手が届かない非営利事業を行うために設立される団体です。
例えば防災に関する知識の啓蒙について、消防署等のみではまかないきれない様な
活動を、民間の力を利用してカバーしていこう、というような趣旨です。
設立の許認可権は都道府県が持っていますが、その後の活動はあくまで民間主体です。

問題はその設立についてですが、正直にいってチェックがかなり甘いです。
「地域社会を応援する世界造りのための奉仕団体」など、よくわからないけど
公益性がありそうな目的を掲げれば、かなり簡単にNPO法人は設立出来てしまいます。

更にもう一つ、案外知らない方も多そうなお話をしておきます。
NPO法人は営利活動を認められています。
中には結果的に営利活動しか行っていないNPO法人もあります。
ただし、それ自体は決して攻められるべき事項ではありません。
営利活動については、きちんと税務申告をしていれば、何も問題はないのです。
(ついでに、税務申告とは別の書類を都道府県等に提出しますが、今回は省略)

ここで考えて頂きたいのは、何が非営利で、何が営利なのかということです。
「営利を目的としていたのに結果として赤字だから非営利」という理屈は成り立ちません。
最初から、明らかに割に合わない、あるいは収入が立たないとわかっているような
事業が非営利活動に当たります。
例えば「防災セットを一つ10,000円で仕入れて、それを地域の人に3,000円で売る」
というような事業です。
通常、この7,000円の赤字を埋めるために、活動に賛同できる方からの寄付金が
充てられるわけです。
問題は、NPOというだけで税務申告を逃れているような団体が散見されることです。

私の知っている最も悪質な事例を書いておきます。
その筋の人間が介護福祉系のNPOを設立、崇高な理念を掲げ、活動趣旨に賛同した
善良な人々を集め活動を開始、経費を賛同者に押し付けながら領収書だけは回収、
税務申告用の資料など適当そのもの、離反しようとする人間には給与の未払いを
勝手に通告、味をしめたのか今では複数のNPO団体を設立。

もう一つ、NPOを経由した被害の特徴として、活動に参加されている方々も巻き込まれ
やすいという特徴があります。
NPOに参加する方々は、よく言えば無欲、悪く言えばお金に関して無頓着な方が
結構多いのです。
上記の例のように、狡賢い人間が、そういった方々の無知に付け込み、搾取する
ような仕組みを構築していたりします。

最後に、以前NPOについての講演会に参加した際に聞いた話で締めます。
アメリカではNPOが沢山設立されています。
その中には、当然に怪しい団体も数多く存在しています。
もし自分が寄付をした団体がそのような怪しい団体だったらどうするのですか、と
アメリカのNPO関係者に質問した所、このような答えが返ってきたそうです。
「そんなもの、寄付する前にきちんと調べておきなさい。
 自分が納得できないものに寄付をする方がおかしい。」
寄付するにしろ、参加するにしろ、まずその人たちの本性をしっかりと見極めて下さい。
結局、NPOでもその他の団体でも、動かしているのは人間なのです。


最後の最後に。
今回の事件、私が興味を持っている「電子マネー」と、お付き合いのある「NPO法人」の
両方が悪用されてしまったという、とても悲しい事件です。
これがきっかけで、両者に対する評価が悪くならないことを願います。
むしろ、これを反面教師として、この両制度に対する正しい理解が広まるよう、私としても
微力ながら活動を続けていきたいと思います。


お金にまつわる動き11
2007.10.10

<お詫びと訂正>
昨日、同blogにて「ロバ」と記載致しましたが、正確には「アルパカ」でした。
関係者各位にご迷惑をお掛け致しましたことをお詫びすると共に、ここに
訂正をさせて頂きます。(参照1参照2

改めましておはようございます、ビアンカ派です。
花嫁候補の以前の実家の宿屋がありそうな町の名前ですね(日本語下手)。

ここより本題。

T-POINTをご存知でしょうか。
異なる店舗ごとに設定されていたポイントカードを統一化することにより、
集客力をあげよう、というような試みです。
私自身のblogでも6月頃にポイントカードの話を取り上げました。
その際にも書いていますが、ポイントカードが会計上評価されないのは、
流通力が現金に比べて遥かに落ちるから、という点につきます。
もしその点が解消されても、ポイントを無視し続けて良いのでしょうか?
T-POINTのサイトを見て、あなたが行った事のあるお店は何件ありますか?
(私はブックオフだけで既に何回お世話になっていることやら…)

その一方、今話題の円天なる巨額詐欺事件、こちらの舞台も電子マネーです。
使ってもなくならない通貨、ということを売りにしていたそうですが、そのような仕組みは
作ることが不可能なのは明白です。
電子マネーの発行側は多額の負債を抱えることになるのですから、電子マネーをひたすら
発行し続けたら、あっという間に破綻します。
電子マネーを発行する行為は、小さな造幣局を開設するのと同じことなのです。
ただ、「電子マネー」や「擬似通貨」といった流行言葉を使うことで、何となく納得させられて
しまった方が多数いらっしゃったのでしょう。

今回の詐欺事件、もう一つ気になる点があるのですが、それはまた次回にでも。


音楽隊
2007.10.09

重い話ばかり書くのも何なので。

一泊二日で那須まで家族旅行に行きました。
何があったかというと

・トリに襲われた
・イヌに名刺を貰った
・ネコと戯れた
・ロバがフワフワ

その他、特筆すべき事項として
・ヒツジに突進された

詳細が知りたいあなた、さぁいますぐコチラまで!!


属性
2007.10.07

どちらかというとLAW寄りのNeutralです、Darkには落ちたくないものです。

金曜日から、出身校である中央大学とTKCさんが共催している租税法務講座
というものを受けています。
私は別にTKCさんの会員でもないのですが、母校であることと、私の登録時
研修の際にお世話になった先生が講師をされるということで受講してみました。
来年7月まで、のんびりと法律の勉強をしてみたいと思います。

会場は御茶ノ水なのですが、神保町からブラブラ歩いて行きます。
あの辺りも建物がかなり変わりましたね。
以前はよく通ったカザルスホールが、すっかりと目立たなくなっていました。

せっかく勉強した知識なので、ちょっとご披露でも。
所謂憲法の解釈、特に9条についての議論になります。
(私自身の判断はここには記載しません。まだその資格がないからです。)

近代における法律の根底は、ルソーの書いた社会契約論があります。
(高校時代、倫理の授業で勉強した覚えがありますが…。)
で、どのように法律を形成していったのか超ダイジェスト且つ超口語版で書きます。

「人間って基本、悪だよね、おまけに権力とか持つと更に性質悪くね?」(性悪説)
「何かっていうと、腕力で解決しようとするしな、よし、ルールでも作るか」(法律の必要性)
「いいね、それ。ルール守らねぇ奴は、仲間に入れてやんないようにするか」(市民社会形成)
「そうそう、ケンカはルールで解決な、でも、身内にズルするやつとかいるな…」(犯罪の存在)
「おまけに外から来たヤツラは最初から腕力でくるよな」(外敵の存在)
「よし、じゃ、何かヤバイときには腕力もありってルールも作るか」(武力権の設定)
「でもさ、せっかくルールで解決って決めたのにウチラが腕力使っていいの?」(武力の否定)
「そうだな…じゃ、腕力用のチームでも用意して、そいつらにやらせるか」(国家形成)
「いいじゃん!もし人がいなけりゃ、オレラがちょっと手伝ってもいいしな」(国家への所属)

要はこのような論旨だそうです…って、そもそもケンカをするのが前提なのですね。
組織でいうと、親会社が市民社会、子会社が国家となります。
法律は、そのスタートから武力というものの存在について、はっきりと意識をしていました。
更に言えば、その武力により攻撃すべき対象すら想定しているのです。
おまけに、あくまで市民社会が行使するのではなく、国家による行使だよ、という
言い訳のスキームまで用意されています。

スタート時点で武力が組み込まれていたのですから、現在においても武力権を完全に
否定している憲法はまず存在していません。
その例外が日本国憲法なわけですが、明らかに言えることが一点あります。
それは「物凄く高いハードルを設定している」ということです。
だって、スタート時点で根底に組み込まれていた武力を否定してしまったのですから。
ただし、だからといって悪法だ、という評価は短絡的に過ぎます。
むしろ、他では成し得なかった事をやってのけた、と評価することも出来るわけです。

ただ、残念なことに現実は争いに満ちているわけです。
「悲しいけど これ 戦争」は至るところに存在しているのです。
9条という存在が「戦争に巻き込まれなかった立役者であり今後もそのまま必要」なのか、
「現実を見ていないお子様な存在であり、少し見直すべきもの」なのか。


ここで、法律とはまた全く違った話をしてこの駄文を締めます。
孫子という兵法家のことはご存知でしょう。
彼(正確には2人いる)は「戦いがあるのは必須である。」という前提に立っています。
その上で「武力による衝突のみが戦いではなく、政治や外交をも利用すべき」としました。
これが所謂「戦わずして勝つ」というお話です。
彼の戦略の基本は「勝つこと」ではなく「負けずに損害を抑えること」にあります。
軍事戦略家である孫子は、実は武力による戦争の無益さも理解していたのです。


さて、我々にはどのような方法があるのでしょうか。


descendit de caelis, Et ascendit in caelum
2007.10.05

盆暮れ正月もお参りすれば、クリスマスも好きな人間ですけども。(タイトル補足)

二つの価格の話。

今日の日経金融新聞の一面にIPO銘柄(新規公開株)の初値が、公募価格を
ことごとく下回った、という記事が載っています。
色々と原因は書いてありますが、特に私が共感出来るのはこの二つ。

1.他の投資で損失を被った個人投資家がIPOから手を引いた。
特に八月におこった急激な円高により、FX(外為証拠金取引)に手を出していた
多くの個人投資家が、かなりの損失を被りました。
何回か書いている話ですが、現在は「投資が投資を呼ぶ」時代ですので、一箇所で
こけるとそれが連鎖して他にも波及する可能性が高いのです。

2.監査人が足りない。
みすず監査法人の解散は、日本の会計業界にとって大きな傷を残したといえます。
会計への不信を抱かせたのはもちろんです。
それに加え、上場を目指す法人の拠所まで奪っていきました。
質の高い会計監査が出来る人間を数多く確保する必要があります。


もう一つの価格。
広い意味で「商品」の価格が値上がりし続けています。
スーパーでの食料品から工業用製品の素材まで。
原油高、バイオ燃料への転化がきっかけとなった穀物の高騰、天候不順等々。
最近では水資源価格の上昇がよく取りざたされています。
景況感の悪化という意味で、少なからぬ影響をもつ要素といえます。


片や金融経済での下落、片や実体経済での上昇。
この二つは互いにリンクしています。
株の下落から商品への逃避が起こり、素材価格の上昇が株価を押さえ…
というスパイラルです。

もっとも、いずれ両方が落ち込むor上昇する可能性も十分あるのですが…。
投資商品ごとの相関性が強くなっているのも現代市況の特徴です。

投資の際は、ひろい視野を持つようにしましょう。


閃光のように
2007.10.03

ワタクシ、ブログを書く際には小ネタを仕込んでいることがよくあります。
今までに食べたパンの枚数を覚えていないのと同じくらい、どこに何を仕込んだかは
忘れてしまいましたが。
大概に漫画やゲーム等は人並みに触れてきましたので、その辺りからボチボチと。
読んでいる人の中に思わずニヤリとしてもらえる方がいらっしゃれば、
と思いながら必死に仕込んでいます。

でも、今のところ「ソコ」に反応してくれた方はいないのですが。

FP登録後三日目、モノは試しで継続研修というものを受けてみました。
FPの資格では、登録した後、定期的に研修を受けないと資格が失効してしまうのです。

今回受けてみたのは、協会から送られてくるFPジャーナルという雑誌の中に掲載
されている誌上継続教育テストなるもの。
FP用のHP内に用意された解答専用ページで答えを入力、採点、結果判明、合格なら
単位取得。
あっというまに私用の会員ページに単位が登録されました。
想像していた以上に簡単…というか拍子抜けでした。

しかし、このネット全盛時代としては、ある種当たり前のサービスなのかもしれません。
会員の質を保つことは会員自身にも、協会にもメリットがあるのだから、使えるサービスを
充実させ、互いに支えあう関係を築く…という崇高な理念があるのかは知りませんが、
便利なことは確かでした。
比較的「広く浅く」がモットーのFPという資格には向いている制度だと思います。


税理士会の方にも研修制度はありますが、イマイチ有効活用されていないんですよね。
もっとも、税法関係の研修会ともなると内容が複雑なので、ネットで手軽にというのも
難しいとは思うのですが…。
税理士の仕事って「言うほど狭くはなく、異様に深い」仕事ですからね…。


努力して取得した資格ですので、どちらもしっかりと活用していきたいものです。


なんばゆうちょるとですか
2007.10.02

昨日、郵便局での一こま。

子供と一緒に行った際、子供が受付の番号券をふざけて取ろうとしました。
私「取っちゃダメだよ。」と注意。
すると郵便局の人。
〒「取っちゃいましたか?こちらで預かりますよ。」
私「いや、まだ取ってないから大丈夫です、ありがとうございます。」
〒「そうですか、すいません、今日から民営化したもので、お時間がかかっておりまして(略)
  申し訳ございませんでした。」
私「あぁ、どうも…」

家の子供がふざけたのは、民営化とは関係ないと思います。
あの職員さん、何度となく言っていたから、反射的に出ちゃったのでしょうか…。


FP登録完了
2007.10.01

本日をもちまして、AFP(アフィリエイテッドファイナンシャルプランナー)としての
登録が完了致しました。
事業経営に関することのみならず、投資活動や保険によるリスク管理等、
お金に関する真のワンストップを目指し邁進していきたいと考えております。
まだまだ未熟者ではありますが、皆様、今後とも宜しくお願い致します。


この先は、世間的にやや反感を買いそうな意見かもしれませんが…。
税理士とFP、共にお金に関することを考える仕事ですので、一つそこらへんの話題を。
ずばり、お金というものに対するイメージの話です。

このニュースを見て。
この記事自体には、別段知事の資産が増えたことを非難する記載はありません。
しかし、この手のニュースがある度に「庶民感覚とは離れた保有財産がある」などと
いって非難の対象になることが多々あります。
少しケースは違いますが、村上ファンド事件の時の日銀総裁の保有金融資産が話題に
なった時のことを思い出して下さい。

あの時マスコミは「二億ももっている」と報道していました。
しかし私の感想は「たったの二億しかもってないの?」というものでした。
仮にも金融立国を目指そうという国の中央銀行の総裁が持っている金融資産としては、
金額が余りにも低いと思ったのです。
あの事件の時、ニュースでは「海外の中銀総裁はファンドになぞ投資はしない」という
点のみを強調していましたが、海外の総裁の保有金融資産は10億程度はあるのが
ざら、という点について、ものの見事にスルーされていました。

政治と金を巡る動きについても同じようなことをよく感じます。
政治資金を集めるパーティで幾らも集金している、などというのはよく非難の対象に
なっていますが、海外では集めた寄付金の額が大きいことがステータスになります。
寄付金が集まる=賛同者が多いという図式です。
金額の大きさは、その人の政策に対する評価です。
言い換えれば、その人の魅力とも言えます。

私なら、魅力もなく、自分の財産の管理も出来ないような政治家(日銀総裁は政治家では
ないのは重々承知していますが)に「まつりごと」をやって欲しくはありません。

もちろん、利益相反や法令遵守はクリアした上でのお話です。
そこを守れない人は、政治家とか総裁とか関係なく、人として軸がぶれています。


この傾向は、要するに日本では「金=汚いもの」という認識が強すぎるのだと思います。
この認識がある程度改まらない限り、私は日本の金融立国化は難しいと思います。
「金が金を生み出す」というと悪の権化のように言われるようでは、外国の方々が日本の
金融制度を利用するとは思えません。

しかしそうなると、そもそも日本が金融立国を目指すこと自体が、大いなるナンセンスの
ような気もしているのですが。