Foreign Exchange
2008.01.31

「嘘をつく時大事なのはその内容ではなく、なぜ嘘をつくかというその状況じゃ」
っていうセリフが先日読んだライトノベルで出てきたんです。

おはようございます、本についてはトコトン雑食家です。
純文学だって読みましたし、ひたすら軽いのも読みます。
最近は「コレ面白い」って評判がネットで簡単にわかるので、自分の好みと
合いそうな人の書評はとても役に立ちますね。


で、嘘があるんですよ、そこに。
1月18日、日経金融新聞の一面にこんな趣旨の記事が載りました。
・FX投資家の情報を課税当局が集めようとしているらしい。
・現在、ほとんどの投資家が適正な申告をしていないからだ。
・以前FXで儲けた投資家は、今年から申告するにしても、それまでのは隠したい。
・隠す為、FXの取引を止める。
・FX衰退、ところで先輩格である外貨預金についてはどうなのよ?

さて、何度か書いた通り、私、1月19日にFX会社主催のシンポジウムに行きました。
で、そこでこの新聞を、その会場で税務申告についての説明をしていた担当者に
見せて「コレホント?」って聞いてみました。
以下、こんな反応。
・記事は全くのデタラメ、私も読んだけどとても迷惑している。
・税務申告については、会社としてかなりの力をいれて顧客指導に努めている。
・顧客情報の収集要請について、特段動きがあるとは思えない。
・備品やセミナー参加費等の経費面については、課税当局側も整備がまだ、という感じ。


なるほど、両者の言い分はかなり食い違っているようです。
強いていうと、課税当局に対する不信感は共有しているという感じでしょうか。
で、冒頭の文章に従い、それぞれの立場から「ウソをつくメリット」を考えましょう。
両者が共に大嘘つきだとしたら、と仮定します。


FX会社側は至って簡単、業界が廃れては困るからでしょう。
税務が不明瞭ともなれば、イメージが悪すぎます。
「ちゃんと今でもやってるから、新しい人もドンドンきてね」と言っているわけです。

では新聞側がウソをついているのだとしたら?
FX業界が伸びないことを望んでいる人が金融業会にいるとか?
FX会社は新聞にとって、まだ付き合いの浅い業界のはず。
例えば外貨投資について、FXにシェアを奪われるのが嫌な懇意にしている
銀行関係者でもいるのか。
でも、その割には最後に銀行のことをチクリと刺しているしなぁ…。
それとも課税当局と手を組んで、投資家に対する牽制行動にでも出たのか?


…うん、よくわからない、所詮私の頭で考えることだからなぁ…。
で、こっからは私見です。

税務について、何億脱税なんていう大きな事件がありましたが、アレはおそらく
一罰百戒的な処分です。
如何にも日本的な手法であると思います。
では清く正しく申告をしているのか?
おそらく、新聞記事で書いてあるほど無申告の人が多いとは思えない、けど
数十万くらいの収益を隠している人は、結構いるような気がします。

実際に一番可能性が高いのは、新聞記者が個人投資家の実態をよく把握しないまま
記事にしてしまった、という辺りが正解のような気がします。


所得分類が雑にしかしようがない、というのは問題だと思うのですがね。


相談員やってきました2
2008.01.30

ノドがカサカサ。

おはようこさいます、こえかうまくたせません。
ってのは、まぁあながち冗談でもない状況なのですが。
相談員やると、ホントにきますね。


で、昨日は無料相談の相談員をやってきました。
なんといっても一番多いのは年金と医療費、それに給与が次ぐという感じです。
事業という方は、私の担当では一人だけでしたね。

それなりの労力が必要な事業なので、年に何回もあっても困りますが、
それでも相談しに来られた方から「ありがとう」と言ってもらえると、本当に
嬉しいものです。
ちなみに昨日の例では、ある指摘をした結果、年間の税額が10万円以上
削減されたようなケースがありました。


案外と勘違いが多い事項があるので、せっかくですので書いておきます。
もし自分も該当するのであれば、是非ともご検討をば。

医療費控除や社会保険料控除等、何かを支払ったことが所得控除の条件に
なるものがありますが、これらの控除は家族全員分を一人にまとめた方が
得です。
ココから各控除の内容を確認して頂ければわかりますが、
「本人や家族の保険料・医療費を支払った場合」が対象となります。
医療費控除についていえば、有名な10万円の足切りは、家族を分けてしまうと
その分だけ切られることになってしまいます。
(10万円でないことも有り得ますので、よく確認をして下さい。)
家族全体で40万円なら、一人なら30万円控除を受けられますが、二人にして
しまうと全体で20万円しか受けられません。

これらの所得控除は、家族内で一番儲けている人に集中させるのが基本です。
生保に関しては、一人当たりに付けられる限度もありますので、複数ある場合には
適当に配分する必要がありますが…。
無料相談等で、集中させられるものがないかよく確認をして下さい。


あぁ、なんて税理士っぽいBlogなのでしょう。


結婚式
2008.01.29

原価焼却って間違いは、存外間違っていないと思う。

おはようございます、物事の本質をとらえていると思うのは私だけでしょうか。


結婚したのが早5年前の1月、結婚式は「新横浜グレイスホテル」という所で
あげました。
式場は一応少しは回りましたが、最初に行ったところだったのと、窓口で会った方が
一番性に合ったので、そのまま決めてしまいました。


で、たまたまなのですが、今から半年ほど前に友人の結婚式が同じところでありました。
う~ん、懐かしいなぁ…などと思いながらホテルの中を歩いたりしていました。
式も終わり、妻と子供2人で帰ろうとした際、何となく結婚式担当の窓口に
フラリとよってみたところ、当時我々を担当して下さった方がまだいらっしゃるとの
ことでしたので、お会いすることになりました。

正直に言って、数多くいる客の一組でしかないわけですから、あちらはこっちを覚えて
いらっしゃらないのでは、と思っていたのですが、我々にあった瞬間、すぐに
お分かりになられたようです。
短い時間ではありましたが、双方の近況などを報告しあいました。
こちらが2人の子持ちになり、開業していたのと同様に、あちらも部門の担当者にまで
なられていたそうです。
5年ってのはそれだけの時間なんだな~なんて考えながら、帰途につきました。


で、今年の正月、その担当者の方から年賀状が届きました。
お客さんを本当に大切にしているんだねぇ…と感心すると同時に、私もサービス業と
してこういった姿勢は見習いたいものだ、と考えさせられました。


お客様にとって、事業経営は結婚式のように華があるイベントではありませんが、
日々の糧を得る為、夢を叶える為の重要な日常なわけで。
また、法人の設立や自社ビル建設等、大きなイベントもあったりします。
これらの場面に立ち会うことが出来る税理士ってのは、実は幸せな仕事なのかも
しれません。
…ま、責任の重さも洒落にはならないんですけど…。


たまには、こんなとりとめもない話でも書いてみました。
うん、すごくらしくない。


豊作への方策
2008.01.28

明日は税理士会にとって最大級のイベントである無料相談初日です。
私も相談員として参加する予定ですが、PC担当とやらを仰せ付かりました。
国税庁のHPとやらを使うのですが、そのHPってのがどうにも微妙な使い勝手の
ような感じでして…まぁブラウザでやらせるとなると、コレが限界なのかな…。


昨日、コストと裁定取引について少し触れました。
コストというものは、決して金銭だけの問題ではなく、時間や手間も立派なコストです。
税理士としての営業トークでいうならば
「経理にかけている時間を税理士に任せれば、その分本業に専念できますよ」とでも
展開させることになります。
経理での手間と時間を金銭で解決することにより、本来の仕事に掛ける手間と時間を
増やす、というロジックです。

金銭の獲得手段はそれこそ幾らでもありますが、時間は獲得することは出来ません。
そこら辺の判断を見誤り、わずかな金銭を惜しむ余りに時間を無駄にしているが為、
事業に失敗しているケースも数多く見てきました。
皆様も、同じ失敗をなされませぬよう。


問題を解決するに当たっては、このトータルでのコストを最小にするような方向に
向かうのが、経済や経営の基本となります。
そこで、昨年あったこんな問題はどう考えるべきなのか。

昨年、葉物野菜がとれすぎて、価格が下がってしまったので収穫した野菜を廃棄した、
というようなニュースから
「もったいない!!何とか再利用の道を探るべきだ!!」という動きが出ました。
食料がないところに輸送だの、再処理をして肥料にするだの、色々と案は出たようです。


しかし、これは問題の本質を捕えられていない議論であると考えます。
確かに、今流行の「もったいない」という精神は気高いものなのかもしれませんが、
何故廃棄の道を選んだかといえば、それが一番コスト的に優れているからです。
くどいようですが、ここでいうコストとは、金銭のみならず手間や時間、それにエネルギーロス
などの全ての要素を含んだものです。
物流という作業にどれ程のコストがかかるのかを無視した、無責任な論議ではないかと。

そもそも、なぜ豊作になると捨てなければならないのかというと、要は需要と供給の
バランスが崩れてしまうからです。
世間が10だけ欲しいと思っているものに20の供給があれば、当然単価は下がります。

ということは、本当にもったいないと思うのであればどうすべきなのか。
答えは簡単、皆が今よりも野菜をもっと食べるようになれば良いわけです。
需要を10から20に上げれば、供給の20とバランスがとれますから単価の下落も
避けられることになります。


実はこの問題は、日本の食料自給率低下の問題と密接に絡んでいます。
米の減反政策が進むようですが、結局は日本人が米を食べなくなっているから
そういった方向に向かうわけです。
「自給率を上げなくてはならないのに、減反とは何事か」なんて意見も聞きますが、
だったらもっと米を食べなきゃ、というのが結論です。
自給率上昇の為には、日本国内で栽培育成できる食材を中心とした食生活に
向かうよう、誘導をしなければならないわけです。
そうでなければ、農家の方々の収入とコストのバランス、つまり採算がとれません。

現在話題の再生紙なんかもそうですが、理性的に考えることが重要ではないかと。


裁定
2008.01.27

昨日、針灸院に行ってきました。
肩と首の症状が洒落にならなくなってきたため、早めの対処です。
本当の繁忙期はこれから、体が動かなければ仕事もままなりません。
針の経験は以前にもあるのですが、やはり単純なマッサージよりは
根治がしやすいような気がします。


マッサージといえば、最近では方々で見かけるサービスです。
概ねの相場でいうと、10分1,000円程度の料金設定が多いでしょうか。
さて、何でみんな測ったように同じような金額設定になるのでしょうか?

答えは簡単、「他の店がそうしているから」という、至極当然なものです。
同じサービスを提供するのに、片方が10分3,000円、片方が10分1,000円なら、
皆迷わず後者に行くでしょう。


一つのモノやサービスに付される価格は一つだけ、という考え方を
一物一価と言いまして、経済学の基本中の基本事項となります。
マッサージであれば、まだその店によって品質に差異があるので多少の価格差は
あってもおかしくありませんが、例えばペットボトルのお茶はどこで買っても同じもの
ですので、どの店でも同じ値段で買える筈、という理屈になります。


ところが、実際にはそのようになっていないことをみなさんよくご存知でしょう。
家の近所には、イトーヨーカドーとセブンイレブンが道路を挟んである場所がありますが、
同じグループ企業でありながら、片方は安売、片方は定価で販売しています。
この価格差はどこに由来するのか?

この価格差には、所謂手間だとか時間だとか、金額以外の機会費用(コスト)が
含まれている、と考えるのが妥当です。
スーパーの食品売り場は地下にあるので、そこまで行くのが多少手間です。
また、レジもコンビニに比べて待たされることが多いので、時間に無駄が出ます。
その点、コンビニであればさっと買ってさっと店を出ることが出来ますので、
例え定価販売でも需要は確実に存在するわけです。


では、このような条件(手間や時間)に差がない状態で、二箇所で価格差が
発生した場合にはどのような事が起こるのか?
この場合、裁定という動きが発生します。
裁定とは、一物一価の方向に価格が動くような働きを考えてください。

例えば、近所に安売りの電気店が3箇所あって、同時にセールを開始します。
ある店がある品物を安くすると、他の店もそれに負けじと価格を下げます。
仕入面において相当の条件差がなければ、このような動きが働きます。


この裁定という動きは、機会費用(コスト)がなければないほど強く働きます。
従って、PC一つで気軽に取引できるようになった金融商品の世界などで、
この裁定取引という単語がよく聞かれるわけです。


この辺りの話は、こちらの「スタバではグランデを買え!」という本辺りに
よくまとめられています。
身の回りのコストに対する考え方がコンパクトにまとめられていますので、
興味をもたれた方は是非お読みになってください。


嘘ではないけれど
2008.01.26

こんなニュースをみて。
私ね、この宮崎小学校という所からそう遠くはない所に住んでいるのですが、
実は私も小学生の頃、小学校のイベントで風船に手紙をつけて飛ばしたら、
千葉の方から返事がきたことがあります。
流石に15年経っていたわけではありませんが、嬉しかったですね。

おはようございます、最近見知らぬ人から来る手紙はダイレクトメールばかりです。


さて、私は毎月、仕事のネタになるかもしれないと思い、マネー雑誌を買っています。
そのまま自分に適用するというよりも、税金以外の話題でお客様の役に立ちそうなものを
探す為です。
昨日の記事でも少し書きましたが、FPとしての技能も税理士側で役立つことは結構
多いので、こういった雑誌も案外馬鹿にはできないものです。

ただし、常々おかしいと思っていることがあります。
例えば「積立の力を実証、複利計算で数十年後には5,000万円に!」
「このままじゃ老後は生活破綻、今から資産作りを始めましょう」
みたいな特集がよく組まれています。
うん、まぁ良いでしょう、複利計算の力は確かに凄いです。

でね、よく「運用しないと何年で底をつくが、運用すればホラこの通り」みたいな表の
米印をよくみると…
「年利回り3%で計算」

ハイ、無理!!
現在の預金利息がどの程度かは皆様ご存知の通り。
定期預金の遊具金利を使ったって、精々1~2%が良いところです。
3%の利回りは、少しリスク資産を混ぜないと達成できない数字です。

だというのに、大体同じ雑誌の中で
「リスク資産の組み入れは慎重に」「全資産の○%までしかダメ」だのとの記載。
だ~か~ら~、3%達成しようと思ったらリスク資産入れないと無理だっつってんだろ!と。


そもそも、これらの雑誌に欠けている観点は「収入を増やす」ということです。
「節約」だの「計画的な運用」というのは、確かに美辞麗句い聞こえるかもしれませんが、
所謂消極的なライフプランの方法です。
しかし、むしろ本当に必要なのはインフローを増やす、つまり積極的なライフプランこそが
今の日本には必要なのではないか、と私は考えています。
(注:節約や計画的な運用は非常に重要なのはいうまでもないことは補足しておきます)


例えば「最初に貯金すべき金額を抜いて、あとを消費に回しましょう」という趣旨の
特集は、この手の特集でしょっちゅう組まれています。
そして、皆がその方向に走った結果、国全体の家計が冷やされるという悪循環に
陥ってしまいました。
貯めたお金を使わないので、経済が動かなくなってしまったわけです。
(マクロとミクロの誤謬というやつですね)


守備的なサッカーは強いですが、華はありませんし、守ってばかりでも勝てません。
一つここらで、カウンター攻撃なり、攻撃的サッカーに切り替えるなりしないと。


相談員やってきました
2008.01.25

CDをダブって買ってしまったこの悲哀。

おはようございます、粗忽者ですええ。
「うわ、新譜出たんだ」って勝手に勘違いして盛り上がっていたあの頃。


昨日、地元区役所において「新規住宅取得者に対する申告指導相談会」という
ものに相談員として参加しました。
平たく言うと「確定申告無料相談(住宅控除重視バージョン)」ですね。

近隣から19年中に住宅を買われた方が集まられました。
一時は会場がパンク寸前までいったのですが、とりあえず無事終了。
何回かあるようですが、私は今日のみ担当でしたので、今年はもうありません。


さて、今年から住宅取得控除については、二者択一を迫られることになります。
受ける期間なのですが、10年で太く短くか、15年で細く長くか。
どちらで受けても、トータルでの控除額にそれほど差が出ないようにはなっています。

どちらの期間で受けても一長一短があります。
10年コースは早く返してもらえますが、控除枠の無駄が出る可能性が高いです。
15年コースはのんびり返してもらう分、控除枠に無駄がでる可能性は低いです。

ただし、個人的には所謂「住宅取得控除」のみを考えて期間を選択するのは
どうなんだろう、と思っています。
例えば繰上返済をすることで支払利息がかなり減らせる見込みがあるのに、この
規定のことを気にして繰り上げしないとなると、総体での損得を見失いかねない
危険性があります。
税金が帰ってくる、というと聴こえは良いですが、利息がもっと減る事のほうが、
家計に与える影響は大きい可能性があることを忘れてはなりません。
所謂ファイナンス、FPの守備範囲に近いわけです。

上記のFP的観点からすると、それなりの税額がある人は10年適用をお奨めします。
19年の年税額が25万円を下回るような人は、15年適用を検討してみてもよいのでは。


というようなことを、何人にお話したかわからない位話しました。
最後の方はゆったりでしたので、相談に来られた方のお子さんと戯れていましたけど。
来年は、子守係で参加ってのも良いなぁ(職務放棄)…。


あ、こういう税金の話を書くと、税理士のBlogだな、って気がしますね。


先生やってきました
2008.01.24

お役所の日程に合わせて仕事せにゃならんこの理不尽さ。

おはようございます、絶対にこの1月の各種雑事は役所が悪いと思っています。
償却資産なんて、適当に時期をずらせば良いじゃないか!!なんて。


先週と今週の二回に分けて、商業高校において生徒さんの前で少し話を
させて頂く機会を頂きました。
外部講師を招いての課外授業の一環、とでも言えば適当でしょうか。

話すのが本職というわけでもありませんので、上手に話せたとは思っていませんが、
とりあえず伝えたいことはそれなりに言い切れました。
簡単に、どんな話をしたかというと

・メモを取ることの重要性
・会計の使い方(指標の読み方や経営分析)
・商売を知っているということ(どこから儲けが出るのか)
・会計帳簿の作り方(デリバティブやオフバランス、M&Aなど)
・金融経済と実体経済、社会人として知っておいて欲しいこと

伝え方はかなりソフトにしたつもりですが、内容は結構ハードです。
多分、普通に社会人をやっている人でも知らないようなことを話しました。
…とはいっても、私も完璧に理解している事項なんて、一つもないのですが…。


生徒の皆さんに、私から一つのお願いをしました。
「1万円で良いから、投資信託でも国債でも何でもよいので、金融商品を買って下さい」と。
現代は金融経済主体の時代、全くそこに触れずに生きていくことは大きなリスクがあると
私は思っています。
だから、ほんの小額でよいから金融商品を買い、その価格を羅針盤代わりにして欲しい
と思い、そのようなお願いをしました。
何で値が動いたのか、どうして上がるのか、下がるのか、小額でも自分の資金が増減
すれば、興味が断然沸くからです。


金融経済を全く知らずに社会人をやることは、資本という相手と付き合っていくのに
余りにも不用意、無用心です。
これを読まれている方で全く投資をしていない方も、是非1万円投資に挑戦して下さい。

…くれぐれも、つっこみすぎてはダメですよ?


つながる・閉じる
2008.01.23

「なんでゼロって数字があるの?」
現代数学はゼロがないと成り立たないからだよ、と説明する今日この頃。

おはようございます、数学ってのは哲学的ですね。


一昨日と昨日を使って雇用のことを話しましたが、世界がつながっていくことの
影響が今後益々出てくることは既に書きました。
さて、そうやって所謂グローバルが進んだ結果、何が起こるのか。

実は地域統合のような動きが進むのでは、という話があります。
つまり、世界が広がるが故につながり、組織が生成されるということです。
例えば「アジア経済共同体」なんて話は以前からありますし、既に前例として
EUがあります。
今後、このような動きは益々活発化していくと思われます。

やはり原因は「サシで色々戦うのはメンドクサイ」ということなのでしょう。
一国の競争力では無理でも、皆で手を組めば何とかなるんじゃない?という発想。
これは経済しかり、国防しかり、人材しかり。
それに、まとめれば合理化できる部分も沢山あります。(行政とか)


以前「非連動(デカップリング)」について説明をした際に、「世界経済が再度
閉鎖的な方向に逆行するのではない」と書きましたが、厳密には正確では
ないかもしれません。
正確には「開放に向かうが故、その過程で新しい枠組みの閉鎖的組織が出来るかも」
しれない、とでも書けば良いのでしょうか。


日本で議論されている道州制・企業合併や業界の再編・教室内での仲良しグループや
派閥の形成等、同じような理屈です。
世界共通、人間が考える枠組みはどこか似通っているみたいです。


終わる世界・始まる世界
2008.01.22

本日の首速報、35度に悪化。

おはようございます、良い枕を買おうか真剣に検討中です。
枕一つで大分変わると聴いたことがあるのですが、さて効果のほどは如何ほどか。


昨日の続き、キーワードとして出したのは賃金平準化の話。
要するにどういうことかというと、世界的にみて給与水準が平準化、つまり
高いところは安く、安いところは高くならざるを得ない、ということです。

例えば、今この文章を読んでいるあなたと同等、いやそれ以上の能力を持ちながら
より安い給与・単価で働く人材は、世界視野で見れば間違いなく存在します。
日本のような成熟国で人を雇うのは企業にとって割高であり、賃金水準の安い
国で雇用して日本に連れてくる方が、まだ安くすむでしょう。

雇用の安定化、という話を昨日しましたが、既にその安定化されるべき雇用という
ものの性質が変わってしまったのです。
企業が人を雇った、その人の保護をしてあげる、しかしその対象が日本人とは
限らない、それが今後進んでいく傾向です。
この流れは、それこそ鎖国でもすれば現状維持で済むでしょうが、今後後退をする
可能性は限りなくゼロに近いでしょう。


先日のシンポジウムで榊原英資氏が言っていましたが、
「既にサラリーマンの時代は終わった。今後はスペシャリストの世界」とのことです。
但し、資格があれば安泰なんて気楽な時代でもありません。
例えば税理士業界だって、現在正に荒波にもまれている最中です。
今は規制で守られている世界が、いつまで守られているのかわかったものではありません。


人脈だとか人柄、要は「人」というソフトウェア(究極のハードウェアでもあるのですが)という
部分において、どれだけスペシャル、特別な価値を出せるのかがポイントでしょう。
これも先日言っていましたが「ホテルのドアマンだって立派なスペシャリスト」とのことです。
あと、個人的にはスーパーゼネラリストのような存在も必要かとは思っています。
(言語的に矛盾があるようにみえますが、イメージは伝わるでしょうか)


結局は自分をどう磨くか、雇う人も雇われる人も安穏と出来る時代は終わったということです。
自分のライバルは世界に数億人以上いることを、よく自覚せねばなりません。

ちなみに、雇う側に回るのも楽しいものですよ、と最後に一言だけ加えておきます。
悪魔の囁きだと思っていただければ、幸いです。


雇用する・される
2008.01.21

長いこと雪が降り積もるのを見ていない気がします。

おはようございます、首が50度位まで回るようになりました。


又もや世の中の常識とは少し毛色の違った話でも。
今日の日系金融新聞の一面に、以下のような趣旨の社説が載っています。
少し私なりの解説を加えつつ、ご紹介してみます。


「雇用が安定しているならば賃金は安くなり、
 雇用が不安定ならば賃金は高くなるのが正しい市場原理」だと。
考えてみると当たり前なのですが、正社員は非正規社員よりも雇用が安定
しているのだから、本来はその分給料が安いはずなのです。
プロ野球選手の年俸が高いのは仕事が安定しないからであって、何十年も
続けられる仕事に就いている人と比較するのは間違っているわけです。

ところが実際にはそうはならない。
現在の日本では正社員の方が給与が高く、非正規社員の方が安い。
その差額がどこにいくかというと、派遣会社の報酬に回るわけです。
差額を考えても、普通に雇った方が企業にとって得な気がするんですけどね。

正規雇用を進めることが労働者分配率の向上、ひいては消費拡大に必須です。
正規化の動きは進んでくれないと困るのですが…。
ちなみに、失業率と犯罪発生率の相関性を示すこんな話も提示しておきます。

ここに立ちはだかる壁が、役所が「雇用を制度的に保護させよう」という
仕組みを導入しようという動きです。
さて、サラリーマン側からみたらありがたそうなこの動き、実際にはどうなのか。
余り有効とはいえず、むしろ逆効果になりかねないような気がします。
一度雇ったら簡単には解雇できないとなると、経営者は正規雇用を進めるのに
二の足を踏む可能性が非常に高いかと思います。


以上が大体の今日の記事の趣旨なのですが、実はここからもう一歩進めて
考えるべき時代が来ているのかもしれません。
キーワードは「賃金平準化」です。
明日にでも簡単にまとめてみます。


又聞きにはなるでしょうけど
2008.01.20

首が(物理的に)回りません。
右方向が45度程度のところまで限定されています。
ここまで酷いのは、本当に久しぶりのことだなぁ…。


昨日(1月19日)、FX会社が主催したシンポのようなものがあったので、
何か面白い話でも聞けるかなぁ…と思って参加してみました。
会場のホールはほぼ満杯でしたが、「こうすれば儲かる!」という話を
期待していた人にとっては、肩透かしの内容だった気がします。
ただ、私の仕事の上では結構考えさせられる話も多かったので、私にとっては
期待を裏切らない内容といえたかもしれません。
このBlogでも、少しネタにしてみようかと思っています。

さて、講演者の一人に木村剛さんという方がいらっしゃいました。
割と過激な論調で有名な方ですが、昨日もかなり「夢がない」話をされていました。
まぁ、問題提起をする事が仕事なのですから、明るい話題が出てくるわけもないのですが、
個人的に非常に共感できる部分もあったので、簡単に内容をご紹介します。
木村さんのBlogでも、ココ最近のところに同じような内容が書いてありますので、興味が
ある方は是非そちらもどうぞ。

・若年層に希望がない。年金生活者を夢見るような高校生が6~7割もいるのはおかしい。
うん、その通りだと思います。
何度か書いていますが、頑張って一山当てて、良い生活をしたいという意欲がない国に、
強い経済など育つわけがないと心底思います。
でも、この責任は若者にあるのではなく、そう思わせている大人、特に年寄りの責任が
非常に大きいのではないでしょうか。
ま、ここでいう年寄りとは、どっかの町に集まってワイワイ寄り合いをやっている
人たちのことを言っているんですけどね。


・コンプライアンス不況、貸金業・建築業・金融業の新しい法律はおかしい!
これもその通りだと思います。
これまた以前に書きましたけど、経済活動一つとっても、こんなに不自由な時代になって
しまって、この国は本当に大丈夫なのか心配しています。
その内駐車違反で投獄、なんて世の中になりかねないのではないかと思います。
これもつい最近触れた話題ですけど…。


で、やはり我々が取るべき行動は自衛なんですよね。
問題はどのように自衛するのか、具体的には財産をどう形成し、どう守るか、なのです。
高リスクな投資のみでそれを達成できるとも思いませんし、預貯金に眠らせておくのも
運用しないリスクが大きすぎると思います。
これらの要素は、別にサラリーマンだけでなく事業経営者も、いや事業経営者こそが
気にすべき事項です。
後ろ盾のない社長こそ、真剣に自分の資産を守る手段を講じなければなりません。


税理士とは何ぞや
2008.01.19

寒いのは良いとして、本当に辛いのは乾燥の方なんです。

こんばんは、静電気体質ですってこんな体質が本当にあるのか?
ちなみに砂漠では、30度を超える温度があっても静電気にあいました。
判定要素は温度ではなく湿度というのがポイント。


正確には昨日18日、登録時研修を受けてきました。
半年ほど前にもあったのですが、一日未受講の部分が残っていた為の受講です。
さて、その登録時研修で講師の方が話していた内容が今日の話題。

税理士法という法律があります。
税理士に関する様々な規定が定められており、所謂免許制度や独占業などの
制度はこの法律により成り立っています。
さて、その税理士法の第一条「使命」にはなんと書いてあるか。

「税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、
 申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する
 法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする」

ここから、今日の講師の方は「税理士とは税務の専門家、つまり税法、法律家としての
立場こそが本来のもの。会計の専門家ではない。税理士はもっと法律家としての
自覚を持ち、判例学習や租税裁判への関与を深めなければならない」と言いました。


う~ん、確かに部分的には納得できるのです。
半年前、登録時研修の時に法律家としての自覚が足りないことを恥じた私は、
現在法務講座なるものを受講しています。
判例学習のようなものも本当に必要だと思いますし、租税裁判についてももっと税理士が
活躍できるよう、努力をしていくべきでしょう。


でも、本当にそれだけで良いのですかね?


私は、税理士に求められている社会的要求というのは、もっとゼネラリスト的な要素が
強いと思うのです。
税法はもちろん、税法以外の法制度(例えば会社法)や登記・社会保険など関連法規に
関する一般的な知識(もちろん他の士業に抵触しないレベルでの話です)だって、
中小企業の社長さんがまず誰に聞くかというと、税理士が一番多いそうです。
経営方針に関するサポートだって求められますし、会計参与制度からもわかるように、
税理士には会計の専門家としての立場も明らかに求められているわけです。

法律に根ざした立場というものが重要であるのはもちろんですが、ではそれこそが
最重要なのかと問われれば、私は個々人の価値観によると思います。
「町の便利屋さん」としての税理士だって絶対に社会的要請があるわけですし、
「会計のプロ」「法律のスペシャリスト」だっていていいわけです。

私がやりたい仕事は私が決めていきます。


真に問題なのは、目の前の仕事に追われ、何もビジョンを描けないことなのかもしれません。
なんて言いながら最後に、昔ある番組で使われていた言葉で締めてみます。


自分が何者か、どこから来て、どこに行くのか
人類誰しもが一度は思い悩む問いかけだ
だが、そんなことは思春期に悩めば、もう十分だ
いい年齢になって考えてるのは、ただの暇人だな


因果関係・論理式
2008.01.18

今日はめでたい結婚記念日。

おはようございます、祝5周年、木婚式ですよ、ええ。
箱根で買った寄木細工が光るってものです。


今日も刑法のネタで一つ、とはいっても昨日のような重いのではなく、
限りなくライトなネタを。
明るく楽しい毒殺講座です。

刑法を考える際に一つ重要な考え方に、因果関係というものがあるそうです。
その人がとった行動が結果にどのように結びつくか、という論理式ですね。


例示として、AとBはCを毒殺しようとしています。
致死量の毒を1として、Aが0.5、Bが0.5の毒をCに飲ませた結果、Cは死亡。
さて、この場合Aは何罪に問われるのかというと、もちろん殺人罪です。

ではAが1、Bが1の毒を飲ませ、Cが死亡した場合にはどうなるのか?
この場合、Bが先に毒を入れていればAは殺人未遂に問われるそうです。
何故なら、Aが毒を入れてようと入れていまいと、CはBの毒によって死亡するから。
(すいません、厳密な論理は違うのかもしれませんけど…)

Aの毒とCの死亡に因果関係がないため、このような結論になるのだそうです。
ここから得られる教訓は
「飲ますなら キチンと飲まそう 致死量を」ということでしょうか。


さて、上記の流れ、プログラムで処理できそうだと思ったのは私だけではないはず。
それこそExcelなんかでもIF文を幾つか駆使すれば自動判定式が出来そうです。
本当の入り口のレベルでは、法律とプログラムはほとんど差異がないような感じを
受けます…が、実際には、この因果関係が大きな争点となることも多くあるわけで。
自動判定式なんてのが作れるほど、単純でないのは容易に想像がつきます。

多くの因果関係は、判例などによって立証されるようです。
積み重ねた実績から判断をする、非常に人間臭い考え方です。
中には判例のみで法律が構成されている国もあるようです。
(法律が明文化されていないので、何条だとか何項ということはないみたいです)


人類の知恵が結集した法律、読み解くのはかなりの理屈屋でないと難しいみたいです。


量刑
2008.01.17

今回の更新、非常に微妙な事項を取り扱ってみます。
私自身の考えが中々まとまらない中、つい先日勉強した事項でも少し書いてみます。
きっかけはここ最近行っている法務講座において、刑法を勉強したことです。


講師の方はかなり著名な教授だったのですが、その話の内容の中に所謂厳罰化の
傾向が著しいという点について、非常に大きな懸念を示されていました。
ここ最近でいえば、最も有名な事例と考えられる福岡の飲酒運転のアレがあります。
私の知る範囲において、あの量刑が妥当という意見はほぼ皆無であり、何故より
重い量刑の規定が適用されないのか、というものばかりです。
私自身も、あの状況であの量刑が適用されないのには不自然さを感じます。

が、教授の論調では、そもそも危険運転致死の量刑自体が重過ぎるという点に
ついて、半ば意図的に隠ぺいされているという感じでした。
人を意思をもって殺すのと酒酔い運転で殺すのがよりどちらが悪いのか、
確かにもたらされた結果が同じだとしても、運転側の方が悪いかのような量刑の
規定はおかしいのではないか、という程度のニュアンスです。


所謂司法家と呼ばれる人たちと、一般人と呼ばれる人との間において最も
認識にズレがあるのは、おそらく「過程と結果、どちらに重きをおくか」という
点にあるのかな…などと非常に強く感じました。
前者は過程を重視する、それ故に事件の計画性や意思が問題となる。
「人を殺そうと思った」という点こそが重要。
後者は結果を重視する、それ故に手段がどうあれ結果が問題となる。
「人を殺そうとしていなくても、結果的に殺しているのだから殺人」という論理。

現在の刑務所や少年院という仕組みに掛かっているコストはかなりのものです。
既に満杯に近い、というような話は聞かれたことがあるかと思います。
教授曰く、厳罰化をどんどん進めてどんどんその場所に送り込み、自分達と
堀の向こうとは違う世界なんだと線引きをしていくことは、既に限界を迎えている
のではないだろうか、一度でも過ちを犯したものは二度と立ち上がれないような
世界が本当に良いのだろうか、大切なのは再起を促せるような仕組みこそなの
ではないか、社会的な制裁を受けるという点を無視し、刑法における量刑を
重くすることを続けるのが本当に正しいのか。
遺族の処罰感情こそ大切だ、として、ではどこまで重ければ納得できるのか。


私自身、いやきっと多くの一般人(一般人というカテゴライズ自体が、既に
この論議からの逃げを示していますけど)の感覚とは相容れないものが
あるかと思います。
既存の司法家と呼ばれる人たちの感覚こそがおかしいのであって、やはり
被害者の立場からすれば現在のあらゆる量刑に不当な軽さがあるのでは
ないか、という考えが浮かぶのが普通ではないでしょうか。
所謂「わが身に置き換えて」考えれば、被害者の処罰感情こそを重視したい
という感情は、非常にわかりやすいものです。

しかし、それだけで社会構造的に良いのか、という指摘に対して明確な
回答を出来るほど、私自身確たる答えがあるわけでもなく。


厳罰化、というものはやはり世界中で進行しやすい傾向のようです。
人は誰かが処罰されることで何か納得をする部分があるのかもしれません。
政治家もその点は心得ており、世間の声をくみ上げる体裁を整えた上で
厳罰化法案等を成立させ、人気を獲得していくのだとか。

そして私自身気になっていること。
経済構造の問題等において、あれだけ反目しあうことが多い既存マスコミと
ネットの世界が、こと厳罰化については同じ方向を向いている、ということ。

非常に自分勝手ではあるのですが、何故もう少し厳罰化に対する反論の
ような意見が表層に出てこないのか。
…実はこの間のような事件があると、専門家からは既存マスコミに対して
厳罰化傾向を問題視する意見も出るらしいのですが、世間は納得しないと
言われてボツにされることもとても多いらしいです。
「人はみたいものだけを真実と考える」という格言があります。
もし量刑ということに関し、誰かにとって都合の良い考え方のみが流布し、
知らずにそちらの方向に向かされているのなら、それはやはり非常に
恐ろしいことなのでしょう。

とは言っても、私自身の厳罰化傾向に賛成する気持ちがなくなったわけでも
なく、本当に難しい問題だな…という所で、オチもなく終わらせてみます。
裁判員制度なんてものが始まりそうな昨今、全ての国民が考えてみる
べき大切なことなのかもしれません。
きっと誰かの意見を鵜呑みにできれば楽なんでしょうけど、そこまで気楽な
ものでもないんですよね…。


非連動
2008.01.16

寒い、と思える冬が来ただけ、きっと景気には良いはず。

おはようございます、温泉のぬくもりもすっかりと消えました。


昨今、新聞紙上においてよく目にする「非連動(デカップリング)」という言葉。
基本的に、世界の経済はアメリカを中心に回っているのが現実であり、その
アメリカの景気先行きが非常に怪しくなっている中、果たして今後の世界経済は
どうなるのか、という議論です。

意見は真っ二つ。
BRICs等をはじめとする新興国の発展はアメリカの不調を補って余りある、という
意見が以前はかなり強かったです。
特にインフラ整備など、経済への波及効果が高い産業がまだまだ成長途上な為、
今後の世界経済の牽引役はこれらの国々が引き受けるだろう、ということです。

これに対し、新興国の産業は基本的に輸出産業で成り立っており、最大の輸出先は
アメリカである。
そのアメリカにおいて景気が後退、リセッションが起これば、当然に消費が鈍る。
となれば、新興国経済も大きな痛手を被ることになるだろう。
また、為替も大きな問題で、ドルが大きく値を下げている状況が続く中、いつまでも
ドルペッグ制度(為替の連動制度)を維持することも難しく、やはり世界経済は
大きな減速をすることになるのではないか、という意見です。


きっかけになったのは、これまたすっかりと有名になったサブプライムローン問題。
金融経済での問題が、実体経済に影響を及ぼしてきました。
以前自分のHPでも少し書きましたが、現在の経済における主役は実体経済では
なく金融経済となっています。(正確には微妙ですが、ご容赦の程を)


上記のことは、所謂グローバル化という流れには反しない点に留意が必要です。
今や世界において市場となり得ない場所が少なくなってきており、資金は常に
市場を追い求めているからこそ、このような議論が成り立つのです。
別にグローバルになっていたものが、再度閉鎖的経済に戻るということでは
決してありませんので、読み違えなきようお気をつけ下さい。
現在では、既にBRICsの先にあるものを見据えた動きが活発化しており、次の
新興国を狙った資金が徘徊しています。(VISTAやアイスランド、東欧など)
個人として、どこまでその流れについていくのかについては、慎重な判断が
求められることになるでしょう。
それなりの高リスクであることは、常に念頭においておく必要があります。
もちろん、当たれば高リターンが期待できるでしょうけど…。


人間はどこまで理性で生きているのか
2008.01.15

打っても打っても仕訳が終わらない。

おはようございます、目の前の仕事が無くなりません。
無くなってしまうよりはずっと良いのはわかるのですが、精神衛生上
宜しくないですね。
年明け早々、既に全開モードです。


現在、行動経済学という分野に関する本を読んでいます。
どんな学問なのかというと
「人間ってのはいうほど理性的に行動してないよね」というものです。
主に投資活動やマーケティングを研究する際、使用される学問です。

物凄く簡単な例を一つ。
説明としては限りなくいい加減ですが、ご容赦の程を。

あなたがA社株式を100円で買ったとしましょう。
この際、特に確固たる信念をもって買ったのではなく、何となく流行していたから
という理由で買付をしました。

その後A社株式は下落、50円に下がりました。
A社は企業としても凋落傾向、業界全体にも明るい見通しはありません。
今後、簡単には値が上がることは見込めない状態です。
アナリストの分析や市場の声を総合しても、現在の50円ですら割高な
状態、今後は更に調整が入るのでは、と予想されています。

さて、このような状態であなたが取るべき行動は?
投資に関する書籍等に書いてある定石に従えば、ここはあきらめて損切りでしょう。
100円という価格は市場にとっては全く無意味な数字であり、こだわっているのは
あなた一人(もちろん他にも高値掴みした人はいるでしょうけど)です。
それよりも現金化し、より有望な投資先に再投資する方が懸命です。
合理的に考えるならば、100円から50円を引いた残額50円は埋没費用(既に
使ってしまい、回収の見込みがない費用)としてあきらめるべきです。

ところが、人間は得てしてそのようには行動しないのですね。
合理的だとわかっている回答は大概常に目の前に示されています。
それなりに考え抜けばその回答には辿りつけるようになっているにも関わらず、
敢えて考えない、辿りつかない、思いついても実行しないという選択肢を取りがちです。
100円という数字にすっかりと取り付かれ、いつまでも塩漬けにしてしまいます。
このような例は、例えば無駄な公共事業などにも言えるかもしれません。
既に○億円投じたから、もう後には引けない…といった考え方はコレによく似ています。
とっととあきらめた方が税金の無駄遣いにならないのに、というプロジェクト、身の回りに
ありませんか?


上記は、懸命でない選択をしてしまう例示です。
また、「自己の利益の最大化」を目的とするはずという経済学の常識を、根底から
覆すような事例も多数あります。
何故人は協調するのか、ボランティア活動は何故成り立つのか、寄付は?等々。
いわば、人間の無秩序さを類型立ててみよう、という学問です。

この世の仕組みの全てを説明できる学問というわけでは全くありません。
(そんなものないでしょうし)
しかし、あ~確かにあるよねそういうとこ、と納得出来る部分は多々あります。
ちなみに私が読んでいるのはコチラの本です。
興味がおありの方は、是非どうぞ。


専門職
2008.01.14

仙石原って強そうな名前ですよね。

おはようございます、今日もまだ箱根にいるはずです。

リスクとプレミアムの話の続き。
先日、ある友人から聞いたアメリカでの話。

アメリカにおいて、弁護士の時給が幾ら位かを教えてもらいました。
正解は600ドル、時給65,000円程度だそうです。
この価格、高いと感じるか低いと感じるか?

私自身は、妥当な金額だと思います。
法務という非常に専門性の高い業務ですので、平均的にみればコレ位の
報酬は貰って当然なのではないかと。
もちろん、内容の困難さによって、上下幅はあって当然ですが。


翻って日本の税理士業界について。
以前、こんな記事を書いておいてこんなことを書くのもなんなのですが…。
複雑化する税制や会計、求められる法律知識のレベルから考えると、業界の
報酬水準が高いとは決して言えないと思います。
守備範囲が広い割には、どうも報われないというのが正直なところです。

ただし、もちろん「キチンとした仕事」をしているという前提付です。
以前の記事にも書いておきましたが、世の中にはどうしようもない税理士というのが
確実に存在し、そのいい加減な仕事のせいで本当に無駄なコスト(税金・報酬・時間)を
負担している納税者・顧客が沢山います。
困ったことに、そういう性質が悪いのに限って、報酬は高かったりするから、いや何とも。
多分、こういった経験が蓄積・共有されているが為、税理士という職業の社会的地位が
全くもって向上しないのだろうなぁ…と思うことしきりです。


FPなんてのはもっと悲惨です。
そもそも対価すらつけてもらえないことの方が多いわけで。
それなりに専門性が求められる、価値ある仕事になりえるとは思うのですが…。
FPについては、まだ認知されて間もない為、今後業界としてどのように活動するかが
非常に大きな課題であるといえましょう。


本当に尊敬できるお仕事をされている先輩は、報酬に見合った仕事をし、仕事に見合った
報酬を請求しているのを見て、自分もそうしたいものだな、とよく考えます。
まだまだ精進せねばなりません。


リスクとプレミアム
2008.01.13

10日遅れで箱根駅伝。

おはようございます、とはいっても、この文章は今日書いているわけでは
ないのですが。
多分今頃は小田原辺りにいまして、これから箱根に行ってきます。
少し遅れての正月休み兼結婚記念日旅行です。


リスクという言葉の正しい意味は「危険」ではなく「変動の大きさ」です。
以前自分のHPでもこのようなことを書きました。
リスクとボラティリティは本来意味合いは違うのですが、前者が目には見えにくいのに
大して後者は数値化されているためわかりやすいという点があります。
後者の数値が上がっているときは、リスクが高い状態といっても間違いはないでしょう。


ただ、このような理解は実情には即していないというのが正直な所です。
やはり高リスク状態=高危険状態という認識が支配的です。
現実問題、長年の低リスク・低ボラティリティ状態が終わりを告げた昨年夏以降、
各国市場は荒れに荒れています。

このような状態において、どのような人たちが一番利を稼ぎやすくなるのか?
逆にいうと、危険を負担しているのか?
ズバリ、これらリスクを引き受ける人々です。

例えば債券を主に取引をしている人々にとって、低リスク状態は商売上がったりです。
債券は元本が保証されているものが多く、保有を続けることで得られる利は薄いです。
どのように利をあげるかというと、物価動向や金利動向から生じる歪みを利用して
そこに値をつけ、利を稼いでいくことになります。
この歪み、つまり不確実性(リスク)に対する値をプレミアムと呼びます。
金利が上がりそうなら債券を空売りする等、打てる手は色々あります。

相場の荒れ具合や実体経済の動向が不安定になると、リスクは高まります。
現在のような状態はリスクプレミアムをとる人々にとっては格好の稼ぎ場といえます。

…まぁ、それだけ危険を負担しているわけですから、おっかないわけですが。
ただし、この考え方は商売においても同様です。
それなりの仕事をした時は、それなりの報酬をもらうこと、これが鉄則です。
安定した仕事しかしなければ利は取れません。
逆に、リスクが過小評価されていると、報酬は上がらないわけで。
その辺り、ちょっと明日にでも簡単に。


No lent knee who day,Oh shit!
2008.01.12

ぬかに釘。

おはようございます、昨日から今日は月に2日の御茶ノ水。
仕事がかなりヤバイことになりつつも、頑張って勉強しております。


さて、割とタイムリーなこの話題でも。
ブランド力を重視するため、社名を変更という例は結構あるみたいですね。


ブランド力のように、価値があるけど金額がわからないようなものが非常に問題になる
ケースがあります。
例えば企業買収が行われるケースを考えてください。
合併や買収のニュースで、よく「△△社は、○○社のブランド力を目当てに合併を画策」
なんていう記述がみられます。
△△社は○○社のブランド力に対し、一体幾らの金額を払うべきなのでしょうか?


極々簡単な例を考えてみます。
資産(例えば現預金)が一億円、負債(例えば借金)が六千万円の会社を買うとしましょう。
さて、普通に考えればこの会社は幾らで買えるでしょうか?
感覚でわかると思いますが、一億から六千万を引いた四千万円になるでしょう。

ところが、往々にしてこの四千万円に金額が上乗せされます。
例えば流通経路や人材、それにブランド力という金銭価額は付しにくいが、明らかに
価値があるものに対して考慮する必要があるためです。
これら、よくわからないものの算定は非常に難しいです。
企業価値の算定を専門とするような人が金額を算定し、買収価格等が確定されます。

例えば買収価格が七千万円になったとしましょう。
この場合、七千万から四千万の差額、三千万円が「よくわからないもの達の価額」と
なるわけですが、この部分を「のれん」と言ったりします。
のれん(暖簾)とは、店の入り口についてるアレのことです。
その暖簾、つまり買収される会社の看板を使用する為の対価のことです。
会計の勘定としては営業権と呼ばれるものです。


企業売買が行われた場合、この営業権というものがよく話題になります。
「買った会社は、売られた会社にこれだけの価値を見出していた」と考えると、
この金額にもとても大きな意味があることが分かっていただけるのではないでしょうか。


言葉違い
2008.01.11

K A G A M I

伝統行事、といっても開くものが我が家にはないのですが…。


ちょっと短縮更新。
正しい言葉の使い方。

刑事裁判において、公権力により起訴された人は被告人。
犯罪を行った、又はその疑いがあるから訴えましたよ、という立場。

民事裁判において、訴えの対象となった人は被告。
原告から「金返せ」だとか言われて、裁判所に「借りてるの?本当に」と
尋ねられているような立場。
別に犯罪者やそれが疑われている人ではない。
民事とは、当事者間では埒があかないから裁判所の力を借りている。


人の一文字があるかないかで立場は全く違います。


で、何で正しく報道されないのかな~というのがずっと提起されている疑問。
この勘違い、振り込め詐欺なんかで悪用されているらしいです。


何が重要なのか
2008.01.10

一時間砂場遊びを続けられる集中力は凄いと思う。

おはようございます、よくもまぁ飽きないものだと感心します。
きっと彼にとって、その瞬間は何よりもソレが重要なのでしょう。


会計には幾つかの大原則があります。
真実を明らかにしろ、だとか正規の手続きに従え、だとか至極最もな事が
高らかにうたわれています。
改めて規定しないといけないということは、やはりキチンと会計帳簿がつけられない
ことがそれだけ多いという傍証にもなりましょうか。

さて、そんな中、個人的には実務において最重要原則だと思っているものが
あります。
その規則の名は「重要性の原則」といいます。
意味は「重要なものはきちんと、重要でないものは適当でも良いよ」という程度の
ものです。
さて、では重要なものとそうでないものの境目は?

取引の頻度なども判断に当たっては大事ですが、何といっても金額で区別されます。
極簡単に言ってしまえば
「大きな金額はしっかりやってね」
「小さなのは適当でも良いよ」ということになります。
さてさて、では大きい、小さいの境目は?

これまた絶対的な基準はありません。
その事業主が日常的に行っている取引の金額によりけりです。
例えば日常的な取引が100万円単位の会社にとって、1万円は小額でしょう。
数千円単位の取引を繰り返す会社なら、1万円は無視できない金額です。
このように、会社によって考え方は変わります。


もう一つ、重要性を考える際の一つの目安があります。
厳密な処理をすることにより把握できるコストよりも、その処理をする為の
コストが上回るような場合が考えられます。
例えば、100円の差額を正確に処理する為には1,000円のコストが必要な
場合、どう考えれば良いのか?というような場合です。


会計の大原則は企業の適正な財政状態と経営成績の開示ですから、
「木を見て森を見ず」にならない為の規則がわざわざ用意されているのです。
個人的には、この規則こそが実務において最も難しく、且つ経験則が必要な
ものではないかと思います。

税理士の存在意義として、これは結構大きなポイントだと思っています。
一般の方のソレに比べれば、場数も経験も踏んでいる分、より適格に重要性の
原則を適用できるが故、無駄なコストを削減することが出来ます。
但し、各税理士間において、何が重要かということについては、非常に差異が
あります。
(決して雑だとか几帳面というレベルではないということは補足しておきます。)
そこら辺に税理士としての特色が出ていると考えて頂ければ間違いはないの
ではないでしょうか。


劣後債権
2008.01.09

[休載のお知らせ]
今日の「外道税理士戦記」は、作者高橋先生急病の為お休みさせて頂きます。

おはようございます、1年以上休載しても連載復帰出来るそんな世の中。


長文続きでしたので、短縮更新。
会社が税金と社会保険料を同時に滞納したとして、どちらの差し押さえが優先
されるか?
正解は税金です。
仮に社会保険庁が先に差し押さえしても、後から税務関係が来て差し押さえを
主張すれば、税務の勝ちです。
ただし、税務内(国、県、市町村)間は先取り競争があるようですけど。

ということを、税務署の人に教えてもらいました。
…どっちにしたって、払うのは変わりないものなんですけどね…。


組合
2008.01.08

高橋だ!!
誤字脱字の多さに定評のある高橋を毎日更新係に!!

おはようございます、改めて過去分の記事を読んでみると、結構間違いが
多いですね…。
適宜直してはいるのですが、最早手遅れの域かと。
今後とも適当に流して頂けるよう、閲覧者各位におかれましては何卒
宜しくお願い申し上げ奉ります…。(あってるのか?コレ)


色々な業種において、結構組合なるものがあったりします。
税理士にも税理士会というものがありまして、コレは全員強制加入となって
おり、所謂免許制である職業故の特色が色濃く出ています。
当然ながら、会の活動に積極的な税理士もいれば、顔も見たことがないような
人も多数存在します。
私は、まぁボチボチ参加しているというところでしょうか。

これは別に税理士に限ったことではなく、全ての組合というものにおいて
いえることなのだとは思うのですが、中に入って上手くやり抜ける方が
概ね自分の商売についてもプラスになることが多いみたいです。
組合員は自分の商売敵ではあるのですが、得意不得意な分野の補完など、
助け合える部分も多いわけです。
私も他の同業者に助けて頂いたこともありますし、もちろん助けたことも……
………スイマセン、まだないな……いずれ助けられるようになりたいですね、ええ。
やはりこういった組織が存在するのには、それなりの理由があるからこそという
ことなのでしょう。


が、これまた時代の常、ソレに組しない人も多くあるわけです。
私自身、別にそれが悪いことだとは思っていません。
やっぱり性に合わないということはあるのでしょうし、お付き合いできる程度と
いうものもあります。
中には、明らかに組合に対する敵愾心を隠そうともしない方もいらっしゃいます。
それもまた良し、そういったはみ出る人がいなければ、業界の停滞は防ぎようも
ありません。
新たな分野を開拓するのは、大概そういったはみ出し者と呼ばれる方ですし。


要は、その業界における自分の立ち位置をある程度定めておくことが大切なの
ではないでしょうか。
中にベッタリでは面白味はないかもしれませんし、出すぎの杭は打たれます。
絶対的な確固たる理念に立脚、というと格好は良いですが、結局人間なんて
相対的な存在で、更にはおそらく同じような能力を持った人間は探すと他にも
いるというのがこれまた悲しい所。
他の同業者とは、内部からも外部からも常に比較されざるを得ないのが実情、
であればやはり周囲を意識することにはきっと意味もあるはず。
片意地を張らず、他人の仕事ぶりを見るのも一興かもしれません。


手間暇をかけさせない
2008.01.07

いま作業をしているPCを買ってもうすぐ一年、そろそろ故障しそうな
気がしてならない今日この頃です。
保証期間が過ぎると…ってのは多くの方が言われることですが、
統計でもとった例はないのでしょうか?


12月の中ごろに新聞に載っていた記事から抜粋します。
記事自体はとても小さなものでしたが、少し面白いと思ったもので。
・カード会社が青年会議所と提携して、会員用のカードを発行
・各会議所の会計担当者用に、活動決済用のカードも発行
・非接触ICを導入、会合の入退場管理にも利用
以前にも似たような事例を取り上げたことがあるかもしれませんが、今回は更に
非接触ICを取り入れた例です。

最近の製品は多機能でわかりにくい、とはよく言われることです。
携帯電話がその典型ですが、確かに全ての機能を使っている人はまずいないでしょう。
では、携帯のそういった進化は無駄なのか?と問われると、決してそんなことは
ないのではないでしょうか。

携帯電話で音楽を聴く人もそれなりにいらっしゃいますし、電子マネー機能も
かなり普及してきました。
携帯にカメラなんてのは、最初は物凄く小馬鹿にされていたのに、今ではカメラと
いえば携帯電話という状況です。
何故色々なものに機能を詰め込むのでしょうか?

当り前のことですが、要は手間が減るという点につきます。
極端に言えば、自宅に財布を忘れても携帯一つあればどうにか出来るという状況が
既に生まれつつあります。(少なくとも首都圏では可能です)
携帯電話ってのは、携帯出来るようにできていますので、持ち運びやすいです。
財布と携帯電話を持ち歩くよりは、携帯一つ持ち歩く方が明らかに楽ですし。
「買い物しようと町まで~出かけたら~携帯~忘れて」ってな時代に半ばなっています。


今回のカードのケースは、既存の仕組みと新しい技術を組み合わせて手間を
減らすことに工夫をこらしています。
決済仕様の統一化は会議所のコスト削減にもつながるでしょう。
クレジットカード自体は以前からありますが、仕組みを統一することに意義があります。
更には入退場管理用の非接触ICを導入によって、関連するシステムとの連携も
容易になります。
こちらは多機能の恩恵といえましょう。

仕様統一・或いはその為の多機能化 → 手間が減る → コスト削減
この流れは今後も様々な分野で広がるでしょう。
身の回りの変な仕組みを統一化や革新化したら、効率が上がるかもしれません。


まわる~ま~わる~よ
2008.01.06

子供に布団をとられました。

おはようございます、何故4枚も布団があるのに私には寝る場所がないのか。
まぁ寄ってきてくれるだけ、可愛げがあるってものなのでしょう。


年明け数日経ったころのこと。
子供が以前幼稚園から貰ってきた絵本の中に回転寿司の話が載っていました。
そこで家族4人で行ってみる事に。
店は、以前行ったことがある寿司屋のチェーンで回っている所を選びました。
そのチェーンには、回っている所と回っていない所があります。

結論、味は中々美味しかったので満足、値段はそれなりにしました。
回っているから安価、というのは私の思い込みだったのが敗因でしょうか。

今回のケースの場合、親2人と子2人の間でニーズに差があり
・親は美味しい寿司が食べたい
・子は回っている寿司が食べたい
子にとって親の要望はプラス要素でしかなく、結果満足。
親にとって子の要望はプラス要素ではなく、むしろ思い込みからマイナス要素。
親側の実感したコストとしては、どうしても割高な感じがしてしまいます。

ただ、確かに味は旨かったし、高いといっても許容できる範囲だったので
又行っても良いかな、とは思いました。
しかも、今度は値段について覚悟がありますので、割高感も薄れるでしょう。

非常に上手だな、と思ったのは本日お奨めと書いてある品はベルトの上には
乗っていないのです。
それらは子供が頼む類のものではなく、どちらかというと大人向け商品。
これらが食べたい場合には、職人さんに直に頼むしかありません。
「注文して下さいね」と言われても中々出来ないのが回転寿司というもの。
が、食べたければ頼むしかありませんので、「大人っぽい寿司の食べ方」の
ようなものが味わえることになります。
実際には品質管理上の問題かもしれませんが、この取り扱いの差が少し
背伸びをして子供を寿司屋に連れてきた若造には嬉しく思ったのでした。
「職人さんに注文」という一手間が、むしろ効用を上げているとも言えましょう。


あと、お子様たちは「皿の色」を気にしなさ過ぎなので勘弁してください。
どう考えても料金的には親よりも子の方が食べていた気がします。


運用先
2008.01.05

お年玉が誰からも来ない。

おはようございます、当り前です。
今はまだ息子さん達は欲しがりませんけど、あと何年もつやら。


昨日の続き、今度は運用先についての簡単なまとめです。
昨年一年の動きをまとめると、年の前半から夏ごろにかけてはリスク資産への
傾倒が進み、サブプライム発覚後には低リスク資産への配分が重視されました。
前者の資産グループとしては株式や為替、更には新興国資産への投資が、
後者の資産グループとしては債券が挙げられます。

年初の取引相場を見ても、株の下落や円高等、比較的高リスク資産については
やはり弱気な動きが進んでいることをみても、当面はこの傾向が続くのかも
しれません。

しかし、では債券を買っておけば安全なのかというと、そうとは言い切れません。

今年の日本においては、所謂インフレ問題(正確にはインフレとは言いがたい
のですが)が焦点になるかもしれません。
消耗品等の値上がりが持続傾向にあることは広く知られている通りです。
原油高等を筆頭に、各種商品市況は広く資金を取り込み続けています。
そのような傾向が続いている中で取られうる経済政策は何でしょうか?
そう、中央銀行が本来の目的としている物価の安定を目指すため、利上げという
選択肢が出てくるかもしれません。
利上げは株式にとっても、また債券相場にとっても下落要因となります。
株式と債券は相反する動きをすると言われていますが、この図式においては
両方とも下落する可能性も秘めているわけです。
じゃ、商品市況に投資すれば良いのでしょうか?

これまたそうとも言い切れません。

現在の商品市況への資金流入は、株価や債券に含み益があるからこそ
続いているという見方があります。
つまり、余りにも株価等が下がりすぎると、リスク回避の姿勢から商品市況からも
資金が流出する可能性を秘めているのです。
最終的に資金がどこに落ち着くのか、それは誰にもわかりませんし、それが
わかれば苦労もありません。

年金基金等は、財源の問題や低金利を背景に、少しリスクを取らざるを得ないの
では、という見方もあります。
債券等の低リスク資産のみで約束された年金を支給することは限りなく難しいためです。
では個人として取るべき方針は?

色々と方法はあるかと思います。
機関投資家では不可能な身軽な動きを武器に、相場の流れに逆らわず常に
資金を利が取れそうなところに移し続けるか。
或いは所謂分散投資を心がけ、どこかの値下がりを他の値上がりでカバーするか。
分散の中には当然に時間の問題も含まれます。
一回でやるか何回かに分けるか、これも大切な問題です。

最後に一つ。
多くの投資家がリスクという存在を忘れていました。
昨年、その存在を思い出しました。
今は、その存在をコントロールしようと努力しています。
他の人がどのような方法でコントロールしようとしているか、それを読むのも
一つ面白い勉強になるのではないでしょうか。


運用元
2008.01.04

車の窓が凍る程度には寒いわけで。

おはようございます、年始に同級生とマージャンをやってハコりました。
厄落としだと思っておきます、ええ。


新年早々相場が大荒れしています。
年前半については、特に株式は弱く、円は高めの見通しをする意見が大勢を
占めているようですが、後半には回復してくるのでは、という声もまた多いようです。

さて、そんな中で最近目に付くのが、巨大な資金を持った運用媒体の生成が
相次いでいることでしょうか。
所謂ファンドという存在が広く認知されるようになってきた中で、最近では国内に
おいて新しいファンドが組成されたり、海外政府がファンドを組成して資産運用に
乗り出したりしてきました。
機関投資家と呼ばれるこれらの存在は、個人投資家が元気をなくしている最近に
おいても、いや、おいてこそ、その存在が益々各相場動向を左右しているようです。
個人がどれだけ増え、相場を左右するようになったとは言われていても、やはり
動かすお金の単位が違う機関投資家がキープレイヤである現状は変わりなく、
その動向は常に注目されています。

昨年でいえば、郵政民営化なんてのも一つポイントになったりしました。
今まで公営であった郵便局が民営化されたことにより、運用姿勢についても
方針変換があった模様です。(大規模ではないみたいですが)
国内最大級の運用元ですので、資産の保有比率(株式と債券等)が変わる
ときには、とても大きな資金移動が起こります。
他の金融機関等の機関投資家も、その動向を注視しているようです。


運用元の多様化は市場に厚みが出る意味ではプラスと言えるでしょう。
今後も、今まで表舞台に出てこなかった資金が注目されるようになるでしょう。

運用元の多様化に次いでもう一つ、運用先の多様化についてもまとめてみます。
明日にでも極々簡単に現在の動向をまとめてみます。


先端という幻想
2008.01.03

箱根駅伝、あの時のあの坂はきつかった…。

おはようございます、駅伝ランナーです嘘です。
箱根の温泉に電車とバスで行き、何を思ったか湯本から上のほうに歩いて
行こうと思ったのがアホでした。
停留所二つくらいでギブアップ、大学生の時の思い出です。


さて、よく「欧米」という表現が用いられますが、私はこの表現を止める
べきだと常々思っています。
なぜならヨーロッパとアメリカでは、何から何まで習慣が違うからです。
以前こんな話を書きましたが、これもアメリカのイメージに
引っ張られているが故の勘違いです。

特に、会計の世界についてはこの勘違いが非常に大きいです。
会計の本場=アメリカというイメージがあるかもしれませんが、これは間違っています。
はっきり言って、アメリカ会計基準なんてのは、アメリカローカルの存在でしかありません。
確かに経済力において、アメリカは世界最強であり、マクロのレベルで見ても
そこで使われているルールを用いるのが一番正しいように思えるのかもしれません。
しかし、アメリカの会計が大して正確な利益を計算できるわけでもなく、適正な財政状態の
開示を進めているわけでもないのは数々の事例で明らかです。
それに、世界最強の経済力は、単純に分母が大きいからこその数字でもあるわけで、
一人当たりの経済力が決して高くない点も忘れてはなりません。
最近のサブプライムや、少し前ならエンロンの事件を見ても、正直に言えば
「大したことねぇなぁ」というのが感想です。


最近では、国際会計基準と呼ばれるようなものの制定も進んでいます。
日本の会計制度も、どちらかというと米国寄りではなくこちら寄りになってくれた方が、
世界市場に対するアピールとしては優れているのではないかと思っています。


今後、国内外含めて会計制度がどちらに進むのか、とても興味を持っています。


税理士とコスト
2008.01.02

新年二日目、せっかくなので営業用のトークでも。
とは言っても、別に「私はこんなに勉強していますよ」とか「こんな質が良い
仕事をしています」ということを宣伝したいのではありません。
むしろ全く逆のことを書いてみたいと思います。


そもそも税理士という仕事の本来の付加価値は税務代行です。
それに付随して、会計処理が加わってくる程度でしょうか。
経営相談や資金繰りといった相談も含まれますが、これらはやや横道です。
(かなり乱暴に話を進めるため、ご不満もあるかとは思いますがご容赦の程を)

ここで、そもそもサービス業の本質を考えてみます。
サービス業は「自分でやろうと思えば出来るんだけど、その為のコストを考えると
他人に任せた方が良いから頼む」という性質が非常に強いです。
なぜ「性質が強い」と表現するのかといいますと、ほぼ全ての仕事は自分でやる
ことが可能であるためです。
その気になれば、私は自分で家も建てられますし、車も作れます。
鉄の精製だって出来ますし、食料の自給も可能でしょう。
もちろん、現実的ではありませんけれど…。
その中でもサービス業は、特に「代行」という性質が強いという点を強調したいわけです。

そして、先ほど税理士の本業は税務代行であると述べました。
皆さんが税理士に対して支払う顧問料は、基本的にこの税務代行に対する手数料で
あると考えて頂ければ良いわけです。


ここで今日最大の問題発言をしてしまうとすれば、この税務代行という本業自体に
ついていえば、各税理士で仕事の内容に対して差はありません。
何故なら、税法とは誰が読んでも同じように使えるように出来ており、そうである以上
一定以上の技術を持つ人間ならば誰がやってもほぼ同じ結果が出るはずだからです。

努力されている各税理士さんから非難の嵐が起きそうなのはよくわかります。
私だってもしそこらへんの適当な仕事をしている税理士と一緒にされれば怒ります。
しかし、この点について、私は心底そう思っていますし、そうでなければならないと
すら思っています。
仕事をする税理士によって、税金の金額がコロコロ変わるような税法は確実に
悪法であると断言できます。
それは租税法律主義・租税公平主義の両観点からしても明らかです。


では、どんな税理士に頼んでも同じような仕事をしてもらえるのか、というと
これがそうでない所がこの業界の難しいところです。
有り得ない高料金でどうしようもない仕事をしている税理士もいれば、この価格で
ここまでやっているんだ、と素直に尊敬できる税理士もいます。
それは開業してから色々な税理士の仕事をみてきてつくづく思わされました。

では、消費者としての顧客がまずどのような観点で税理士を選ぶべきか。
私は迷わず、まず「料金で比較しなさい」と答えます。
先日ビスカスさんのインタビューというものを受ける機会がありました。
紹介会社を使うことの消費者のメリットは何か、と聞かれた際に私は迷わず
この点を挙げました、「料金について相場を聞けることです」と。
紹介会社には当然ながら多くの事務所の顧問料等の情報が蓄積されています
ので、妥当な金額について第三者の意見を聞けることは非常に有意義です。
更には、その税理士が本当に努力をしている人間かどうかも、紹介会社の方に
是非聞いてみることをお勧めします。


もちろん、後は消費者がどこまでの仕事を要求するのかも重要です。
以前私がお断りした顧問先は、経営そのものを私に丸投げしてきました。
「金を払っているんだから、お前が決めろ」とでも言わんばかりのその態度に
私はあきれ、「それなら今の30倍の報酬を下さい」と言って物別れに終わりました。
私は経営代行を請け負ったわけではなく、報酬にそのような金額は織り込んで
いませんでしたので、全く割に合わなかったのです。
「税務代行」こそが本業ですが、仕事の全てではありません。
税理士の報酬には、本業以外の部分の報酬が数多く含まれています。
記帳代行料、経営相談料、社長さんの愚痴聞き料等、実に多くの要素があります。
そう、愚痴聞き料込みの報酬ですから、好きなだけ愚痴って良いのですよ。


何にしろ、比較の難しいお仕事です。
開業仕立てでよくわからんだとか、現状に少し不満があるのなら、とりあえず
紹介会社にでも一言声を掛けてみることをお勧めします。
大丈夫です、変な税理士を消費者に紹介して迷惑するのは結局は紹介会社ですから、
どうしようもない税理士は紹介しないですよ…
………多分……ええ…………ねぇ?
詳しくはコチラまで!(最後は逃げた)


抱負
2008.01.01

家の息子が語るのは、色は色でも戦隊モノではなく笑点メンバの服の色。

おはようございます、歌丸さんのマネが好きな4歳児の父親です。
水色は小遊三だって説明しても、いや好楽だと言って納得してくれません。
親の言う事位、たまには素直に聞いておけと少しビシッと言ってやらんといけ


あ、明けましておめでとうございます。


さて、新年一発目、一つ今年の信念でも。

やはりスピードにはこだわりたいです。
同じ質の仕事でも、より速さを求められるような環境を構築しなければ
ならないと思っています。
もちろん質を下げるのは論外なので、そちらの維持や向上ももちろん
努力していきます。

速さと質は決してトレードオフ(取捨選択)の関係にあるのではないと
私は思っています。
むしろ速さも質の一種であり、質の高め方によってはより速さを補完出来る、
そんな相互補助の関係にあるのではないでしょうか。
今年一番の抱負は、なんと言ってもこの点に尽きるでしょうか。
もちろん、税制や会計の勉強やその他必要な知識獲得も対応します。

こちらのBlogも何とかこの一日一件ペースでの更新は続けたいものです。
誰のお役に立つでもない駄文ですが、読んで頂いている方もいらっしゃる
ようですので、それなりに苦労はしていますが頑張ります。


それでは皆様、今年一年、宜しくお願い致します。