
船内キャビン。
おはようございます、当日は誰も座っていませんでしたが。
船ではいつも風のある所に陣取ってしまいます。
昨日からの続き、金融投資に対する姿勢について。
身も蓋もないのですが、そもそも金融投資に時間を割いている暇が
あったら商売に精を出せ、という話も十分成立するわけです。
時間や心についても選択と集中は大切です。
余計なことに気を割いている時間があるなら、本業に力をいれるべきでしょう。
以上、「金融投資は個人はする必要はない!」でした。
皆さん、仕事をお金に結び付ける努力をしましょう!
…で、これで終わっても良いのですが、それは流石にどうかなぁ…とも
思いますので、少しフォローをしてみます。
実際にはこういった結論をお持ちの方が多くいらっしゃいます。
くしくも総理大臣が「田舎では株屋は信用できない」という話をしていましたが、
前向きか後ろ向きかは問わず、金融市場に気を入れている人に対する批判的な
目は今もって確実に存在しています。
ただ、では金融市場を完璧に無視して本業のみに注力することでどうにか
なるのか、と問われると「どうにもなっていない」人の方が多いわけです。
今もって金融経済の方が実体経済を上回る規模を持っているわけですから、
そちらの都合を完璧に無視することは不可能です。
もう少し積極的に捉えるならば「金融市場をしっかりとチェックする」ことにより
「自分のやるべきことが少し見えるかもしれない」と言えるでしょう。
ただ、あくまで金融投資のみで生計を立てるのでないのならば、本業の方での
力量を上げるための努力の方が大切なわけです。
従って、時間配分を考えると「金融市場に相対している時間」は少なくならざるを
得ないのではないでしょうか。
で、時間が少ない以上それほど深い吟味が出来るのか、と問われるとそれもまた
難しいわけです。
上記の理由から、個人投資については「分散投資」が勧められるのではないか、と。
実際には「きちんとした分散投資」と呼ばれるものをやろうとすると、かなりの時間を
割く必要性があります。
買って放ったらかしでは分散投資とはいえないのです。
そう考えると「やっぱり金融投資は必要ないのでは?」という結論になってしまうのですが。
正直、この問題について私は確たる答えを持たずにいます。
ただ、金融市場が活力を取り戻すことが実体経済をある程度支える事につながるのだと
すれば、やはり個人プレイヤが増える必要はあるのでしょう。
何だか物凄く後ろ向きな理由なのですが…。
主体性ある投資家というものは、実は非常に難しい存在なのかもしれません。
いつもお読み頂きありがとうございます。


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