設定した市場規模
2009.08.31

jiminasakana.jpg

地味な魚。

おはようございます、こういった地味な奴がいるからこその水族館。
花形魚だけでは、成立はしないのです。


昨日からの続き、中止になったイベントを題材にマーケティングについて考察。
まず最初に提起する課題は「市場規模」の問題です。

アカペラ界ですが、数年前にテレビ番組などで取り上げられたことが一つの
きっかけとなり、ちょっとしたバブルのような状況が訪れました。
少なくとも日本においては、元々非常にニッチな世界だったと言えます。

「好きな人だけが集まって細々と楽しむ。」
こんな風に書くと何やらダメそうなイメージがありますが、そんなことはありません。
これも繰り返し書いていますが、大きいことが良いことなどという前提ほど
当てにならないものはないのです。
以前のアカペラ界はとても適切な市場規模を維持していたと考えられます。
大御所と呼ばれているようなグループも「知る人ぞ知る」という紹介が
非常にしっくりと来ていました。


ここにかのバブル要因が挟まれたことにより、ちょっとした市場規模の変動が
生まれました。
これは決して悪いことばかりではありません。
市場そのものの拡大が悪いことではありません。
何が問題だったかといえば「アカペラファンとそうでない人々」の境界線が
非常に曖昧になったことでしょうか。
それまで割とはっきりしていた「市場」がとても見えづらいものとなったのです。


この項、明日に続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


あぁ幻のイベント
2009.08.30

katsuotoka.jpg

カツオとか。

おはようございます、食用の魚を水族館で見ると少し妙な気が。
この感覚、私だけでしょうか?


とあるイベントをご紹介したいと思います。

「国際アカペラフェスティバル(MASA FESTA)」

何度もこのBLOGで取り上げていますが、私は合唱が趣味です。
で、隣接業界ということでアカペラ業界にもたまに顔を出しています。
このイベントですが、それはそれは凄いものです。
この業界の超大御所が山のように参加しています。
それらのカリスマグループが歌い、講師を務め、更にはコンクールまで
開催をしその審査員までやってくれるという正にアカペラファン垂涎の
イベントと言えるでしょう。

そしてこのイベント、平成21年8月19日~23日に盛大に開催される...


はずでした。

8月12日、公式サイトにこのようなお知らせが掲示されました。
イベント開催まで一週間しか残っていない状態での中止発表。
なぜこのような事態になったのでしょうか?

ここから我々は事業に関する多くのことを学ぶことが出来ます。
明日以降、この幻のイベントを題材にマーケティングということに
関して少し考えてみたいと思います。
大切なことは「起こった事象から何を見るか」ということです。

この項、明日に続く。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。


結局利益は必要
2009.08.29

shumokuzame.jpg

シュモクザメ。

おはようございます、T字のサメですね。
理由があってあの形なのでしょうが...生き物ってのはすごいですね。


昨日までのまとめ。
何日かかけてご紹介した方法は決済などについて主に述べてきました。
企業にとっての儲けというよりも、お金の回し方を正しく把握することで
余剰資金を生み出す方法を考えたものです。


しかし、最終的に企業の資金というものは利益から獲得しなければなりません。
この所利益に対する評価が非常に揺らいでいます。
当Blogでも、どちらかというと利益の話よりはキャッシュの話を重視しています。

しかし、最終的なキャッシュ獲得手段が利益を源泉としている以上、
企業というものはやはり利益を求めなければなりません。
ただ、その利益を獲得するための行動に問題が多いと、結局は
キャッシュを得ることが出来ないということです。


利益なくしてキャッシュは生まれません。
しかしキャッシュを生まない利益は確実に存在し、それが一番危険です。

このこともよく理解しながら、まず赤字の企業は黒字を目指す必要があります。


いつもお読み頂き、ありがとうございます。


何に金を使っているのかを知る
2009.08.28

suizokukanwaki.jpg

水族館の脇。

おはようございます、これもまた綺麗な景色です。
やはり水辺は良いです。


昨日からの続き、資金繰りに関する考察。
最も重要なことが今日説明する部分です。
それは

・自分が何に金を使っているのか把握する

ということです。
単に帳面を付けていればわかるというほど甘いものではありません。
適切に会計処理をし、出来上がった帳面の重要ポイントを押さえ、
自分が何に対して重きを置いてお金を投じているのかを何としても
確認しなければなりません。


これが案外とわかっていなかったりするものです。
自分では力を入れているつもりの部分に対してお金を投じておらず、
見当違いの場所に資金を使っているようなケースもよくあります。
この場合、意図した効果が出ないのは当然のことながら、お金以上に
貴重な資源である時間をもすさまじい勢いで浪費することになります。

大切なことは、自分の身動きについて意識的に行動することです。


この項、明日まで続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


商品の品質に過度にこだわらない
2009.08.27

suizokukaniriguchi.jpg

水族館外観。

おはようございます、なんだか展望台みたいです。
これが天辺、ここから下に行きます。


昨日からの続き、資金繰りに関するお話について。
これもまたこのBlogで何度となく書いています。


商品の品質にこだわり過ぎることは企業にとって害悪とすらなりえます。
より高い品質を求めることは、プロフェッショナルとしては尊い姿勢です。
しかし、それが常に結果を伴うとは限りません。

高すぎる品質をもとめることは、製造から保管まであまりにも多くの
費用・支出を企業に求めます。
市場に受け入れてもらえるレベルの商品が提供できている場合、
品質を高める方向よりは別の方針を採用したほうが無難です。


品質の高さ ≠ 売上の増加

この図式もまた、何度でも覚えておくべき大切な図式です。


この項、明日に続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


業界の慣行に縛られすぎない
2009.08.26

kasaisuizokukan.jpg

水族館手前。

おはようございます、葛西臨海公園といえばやはりこれです。
にしても我が家は本当に水系が好きです。


昨日からの続き、資金繰りに関するお話について。
代金の回収や支払いなどに関して、その業界における慣行の
ようなものがあったりします。
なんとなくその業界では二か月サイクルが当たり前のように
通用している、なんていうケースがチラホラ。


しかしながら、実際にはもう少し独自の努力で改善できることも
多くあります。
例えば小売業でも、現金払い専門の業者などは単価を下げて決済期間を
最短にすることを目指しています。

単に売上代金の回収期間を短くするだけでは取引先から嫌われてしまいます。
何かしらのメリット(納期が早い、単価が安いなど)とセットにして
そういった業界の慣行から離れた決済取引形態を形成できると
それが企業にとっての強みになったりします。


資金繰りだけに限らず、同業他社と「違うところが何を出せるか」という
観点は現在の経営における必須事項です。(いわゆる差別化の視点です)
ただ、実際のところ商品力そのものでの差別化は想像以上に難しいです。
となれば、決済期間などは至って簡単に出来る工夫と言えるでしょう。


この項、明日に続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


在庫積み増し注意
2009.08.25

higatakonzatsu.jpg

干潟にて。

おはようございます、朝方は静かなものでした。
昼が近くなるにつれ、少しずつ人も増えたのでとっとと退散。


昨日からの続き、資金繰りに関するお話の続きです。
昨日は仕入れに関するお話を少し触れましたが、今日はその
仕入れる量についての問題です。
現在のような状況になると、仕入れに関しても出来るだけ単価を
安くしようとするのが心情です。
そしてその傾向自体は間違っているものではありません。

しかし、ここで次のような取引をしてしまうケースがあります。
「多めに仕入れるから単価を安くしてよ」


このような姿勢はあまりお勧めできません。
上記のような取引で単価を安く上げたところで、結局は大量に仕入れた
在庫を処分するのに相当な時間をロスすることになるのがオチです。


こと在庫に関して資金繰り上もっとも大切なことは

・適正な在庫量を把握し、それを維持すること

これに尽きます。
多少単価が高くつこうとも、量を適正に抑えておくことのほうが
結局は企業にとって良い結果が出ることのほうが多いです。


この項、明日に続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


仕入れ先と売上先とは別の取引
2009.08.24

yoserunami.jpg

寄せる波。

おはようございます、葛西臨海公園に帰ってきました。
干潟にて、寄する波も、貝の色も。


昨日からの続き、さらに売上関係に関する注意点を一つ。
これまた不思議なことになぜか売上と仕入れにおいて取引の
期間をバランスさせようとする経営者の方がいらっしゃいます。

通常は仕入れが先行しますが、その代金支払いまでが二カ月先だと
した場合、なぜか売上代金の回収も二カ月先に設定してしまいます。

もしここで売上先からの代金回収を一カ月先に出来れば、場合に
よっては仕入れ代金を支払う前に売上代金を回収できるかも
しれません。
そうなれば資金が底を尽くようなリスクは極端に減らせるでしょう。


仕入れ先に対してはなるべく支払いを延ばす。
売上先に対してはなるべく回収を早めに。
汚いようですが、これもまた資金繰りの鉄則です。

この項、明日に続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


売上計上と代金回収は違う取引
2009.08.23

KSPmatsuri.jpg

ご近所のお祭り。

おはようございます、第三セクター系テナントビルKSPのお祭りです。
ご近所の小学生などが結構参加しています。


昨日からの続き、売上に関するもう一つの大切なことを。
多くの企業が「売上をあげること」についてとても熱心にやっています。
しかしながら、この先にある作業に関して案外と適当だったりする
ことが多いです。

それは

・売上代金の回収

という取引です。
例えば代金回収までの時間が異様に長い。
あるいは売りっぱなしで支払いの請求をしていないなど。
こういった先が最初はいくつかある程度です。
ところが時間が経つにつれ、少しずつその件数が増えていき、やがて...。
というケースが結構多いです。


代金の回収は地味な作業ですが、本当に大切な仕事です。
ある意味最も手を抜いてはいけない仕事かもしれません。

売りっぱなしにしない、当たり前のようでいて案外と出来ていないことです。


この項、明日に続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


売上高で判断しない
2009.08.22

F1000013.JPG

一部、アリに食われました。

おはようございます、花壇に置いておいたら穴をあけられました。
考えようによっては、おかげでそのおいしさが証明されたのですが。


昨日からの続き、資金繰り絡みのお話について。
これまた資金繰りに絡むお話でよくあること。

・売上高が伸びている ≠ 現預金が増える

本当によくある勘違いです。
売上高というものは確かに重要です。
昨年よりも今年が、今年よりも来年が多いほうが良いでしょう。
しかしながら、実際には売り上げを獲得するための費用の問題などが
あることから、資金繰りを考えるためにはこれ程当てにならない指標も
存在しません。

最近の経営に関してはよく「売上よりも利益を重視すべき」といった
文言が聞かれますが、利益を指標にしても現預金が管理できない
ことは昨日すでに触れました。

・売上や利益からは現預金の実態は把握できない

このことをまずは肝に銘じておくべきです。


この項、明日に続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


利益を信用しない
2009.08.21

F1000012.JPG

スイカ、赤く実りました。

おはようございます、先日写真を載せたスイカです。
意外や意外、これが結構甘かった...。


昨日からの続き、資金繰り絡みのお話について。
まずは一番起こしがちな間違い。

・利益の数字を信用しすぎる


本当に理解しづらいことなのですが

「利益が出ている ≠ 現預金が増える」

この図式だけは絶対に理解しておかなければなりません。
説明を始めると恐ろしく長くなりますので省きますが、
利益が出ていることと現預金が増えることは一致しません。
そうでないケースが多々あることを絶対に忘れないでください。

このことが理解できていない状態で経営を続けていると、
よくある黒字倒産というやつが起こることになります。


この項、明日に続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


資金繰りアレコレ
2009.08.20

natukumo2009.jpg

ちょっと横道、手近な写真から。

おはようございます、一度葛西臨海公園から離れます。
これは近所にて、夏の雲はやはり良いです。


先日読んだ雑誌(コチラ)に資金繰りに関するお話が
大変コンパクトに、かつ読みやすくまとまっていました。
ごく簡単に内容をご紹介してみます。
ご興味をもたれたら是非ご購読をば。

キャッシュベースで物事を考えることの重要性は当Blogにおいても
繰り返し書いています。
これも何度書いたかわからないくらい繰り返しになりますが、
企業がつぶれる理由というのは

・お金がなくなったから

というその一言に尽きます。
手元に資金が留保できるか否かによって、企業の命運は決まるのです。


お金のまわし方を工夫すると色々と楽になったりします。
そのあたりのポイントを少しだけご紹介してみます。

この項、明日に続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


相手に物語を提供する
2009.08.19

urayasunokuni.jpg

浦安にある夢の国。

おはようございます、エンターテイナーの総本山です。
手本にしなければなりません。


昨日からの続き、エンターテイナーということについて。
食品が売れるか売れないかについて、最もベースにあるのが
味であることは確かです。

しかし、必要最低限のレベルを超えた商品に関していえば、
販売力を決める要素は「味の優劣」ではありません。
求められている味のレベルが5だとして、8と10の商品を
比較した場合、やりようによっては8の商品を10の商品の
100倍売ることも可能だということです。

その為に必要なことの一つとして演出があるかと思います。
私の行ったラーメン屋を一言で表すなら「劇団・役者」です。
そして、それは決して貶められるような意味合いではなく、
とても立派なお仕事であると私は考えます。
少なくとも、私は本当にその店での食事を楽しみました。


物が売れないと嘆かれているこのご時世。
多くの企業は私が行ったラーメン屋さんのような姿勢を少しは
見習ったほうが良いかと思います。
見事な物語の語り部であり、エンターテイナーでございました。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


嫌悪感を示される=成功
2009.08.18

higatahenohashi.jpg

海辺にかかる橋。

おはようございます、あの橋を渡ると干潟です。
日帰り観光の第一目標地点がもうすぐです。


昨日からの続き、演出の重要性について。
一度話を私の体験論に戻します。

ラーメン屋に行った翌日、私は昨日体験したことを事務員さんや
面談した顧問先に話しました。
待たされた、話ができない、回転率が悪い、愛想がない等々。
この話に対して返ってくる反応は大概こんな感じです。

「絶対嫌」
「そこまでしてラーメンなんか食べたくない」
「気持ち悪い」
「自分に酔いすぎじゃないんですか、それ」

面白いように嫌悪感を示す反応が返ってきます。
そして、だからこそ私は確信しました。
やはりあの店のマーケティングは成功していると。

私自身、頑固おやじがやっているラーメン屋になんぞ
何の興味もなかった人間です。
そこまでしてラーメンを食べる人の気が知れないとすら
思っていました。
しかし、実際に自分で体験してみるとこれが中々面白い。

人から嫌悪感を示されるということは、ある意味相手から
興味を持たれることに成功している証となります。
これは私が個人的に好きな考え方ですが、好意の反対は
嫌悪ではなく「無関心」です。
嫌悪を抱いているということは、裏を返せば相手に対して
興味を持っていることを意味します。

あの店の演出は、話を聞いた人に対して嫌悪感を抱かせる
ことに成功しています。
もしその人たちが間違ってあの店に行くようなことがあれば、
案外と「ファン」になってしまう可能性も決して少なくはないのでは
ないかと私は推察します。

この項続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


演出・脚本
2009.08.17

kusaharatoumi.jpg

草はらの向こうに海。

おはようございます、素敵な光景です。
シチュエーションというものの重要性を感じます。


昨日からの続き、そのシチュエーションについて。
上の写真のように「分かりやすい良いシチュエーション」だけが
商品力を持つわけではありません。
そこに「特殊な状況」を作り上げることが出来れば、そこには
商品力が宿る可能性があるということです。

私が行ったお店は、敢えて不利な状況をこれでもかと重ねる
行為に出ていました。
さながら客に対して「来るんじゃねぇ」とでも言っているかのようです。
そのような状況をあえて作り上げることで、結局は客が

・自分からやってくる

という状況を作り上げています。
マーケティングの成功例においてよく言われることに

・会社から行く

のではなく

・客から寄ってくる状況を作る

というものがあります。
このラーメン屋は、まさしくその状況を作り上げるために
店内空間を「異世界」へと演出したのです。

この項続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


美味い≠流行する
2009.08.16

garasubarinotatemono.jpg

ガラス張りの展望用建物。

おはようございます、公園正面にそびえる建物です。
上のほうからは海がきれいに見えます。


昨日からの続き、ここからマーケティング論です。
当Blogでも繰り返し述べていますが

良い商品=売れる商品

という図式ほど当てにならないものはありません。
販売力というものは、商品の良さだけではなくもっと統合的な要因から
確定されていきます。
古くは「マーケティングの4P」などと称される要素が取り上げられています。

私が体験した頑固おやじ系ラーメン屋に関して感想をまとめます。
ラーメンの味は好みはあるでしょうが中々のお味です。
商品として十分な味を持っていると言っても問題ありません。
しかし、あえて断言するならば「天下一品、唯一無二」と飛び上るほどの
おいしさというわけではありません。

何より味以外のポイントは合理的に考えれば最悪です。
行き辛い、くつろげない、楽しくない。
普通の事業で考えれば最悪の状況です。

しかしながら、その場の雰囲気を実際に体験して頂くと分かるかもしれません。

「あ~こういう体験もありかな~」

という妙な納得感があるのです。
静かにラーメンが目の前に出されてそれを食べるというシチュエーションに
対して納得を感じる私が確実に存在しました。
つまり、あの店の商品は

・ラーメン

ではなく

・非常に限定された特殊状況下においてラーメンを食べる行為

こそが商品であると私は感じました。

この項続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


食事と店、シチュエーション
2009.08.15

kasairinkaikouen.jpg

葛西臨海公園。

おはようございます、というわけで正解は葛西臨海公園です。
以前に来たのは確か高校生のときですね。


昨日からの続き、頑固オヤジのラーメン屋について。
正直、以前からそのような存在について知ってはいましたが、
やはり自分で体験をしてみるとまったく感想が変わるものですね。

私が行った店についての特徴を簡単にまとめてみます。
・行き辛い
・楽しくない
・回転率が低い
・単価も決して安くない
・味は好みが分かれる
・待たされる
・愛想ゼロ

何一つとしてマーケティング上良い点があるようには見えません。
しかしながら、現実に行列ができているのです。
決して回転率が低いから行列ができているというわけではありません。
明らかに「後から後から人が並んでいる」と表現できるレベルです。
面白いのは、私のように知識ゼロの人ではなく、その店について一定の
知識を持っている人が好んで並んでいるように思われます。
つまりその人たちは

「楽しくない、待たされる店だと分かっているのに敢えて並んでいる」

という非常にマゾヒスティックな人たちだと推察されます。
更には実は店主が「普段は優しい普通の人」というのがポイントです。

この項続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


味は良し、そしてこれより裏話
2009.08.14

kanransyatohunsui.jpg

観覧車に噴水。

おはようございます、さてここはどこでしょう?
先日家族で出かけた先でございます。


昨日からの続き、ようやったラーメンにありつけました。
味覚についてはそれこそ十人十色ですのであくまで個人的主観です。
味は中々良かったです。
最も印象に残ったのは「インパクトがある味だ」ということでした。
決して無難な味ではありませんので、嫌いな人は嫌いかもしれません。
想定外その7「味は良かった、しかし万人受けするような感じはしない」

食事後、ごちそうさまを言ってから店外へ。
その後、そのお店を紹介してくれた知り合いの処へ行き経緯を説明。
そして知り合いより店主の人物像について話を聞きました。
「店、静かだったでしょ。店長、しかめっつらしていたでしょ。」
「あの人ね、普段はすごく温厚で優しいんですよ」

ここで私にとって想定内の出来事です。

「やっぱりあれは演出なんだ」

この項続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


はて、私はいつラーメンが食えるのでせう?
2009.08.13

kadannosuika2.jpg

でかいなオイ。

おはようございます、案外とスイカが育ちました。
普通の花壇でも、意外と大きくなるのですね~。(比較は子供の手です)


昨日からの続き、とあるラーメン屋での出来事。
ようやく店内に入れました。
異様なまでに静かです。
談笑の声などまったく存在せず、ひたすらに店主がラーメンを
作っている音と客がラーメンをすする音のみ。
あ~つまりこの店はいわゆる「頑固おやじ系」ということなのですね。
想定外その5「雰囲気、決して楽しそうな店ではない」

ひたすら静かに待ちます。
席数は10席ちょっと程度でしょうか。
それにしても回転が遅い...なんででしょうか?
原因を把握、店主さん、なんと一回に三杯ずつしかラーメンを
作っていません。
おまけに厨房に立っているのも店主さん一人だけ。
ラーメンの製造行程が想像以上にスピードが遅い。
想定外その6「回転率が非常に悪い」

明日、ようやく食べます。
この項続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


何もかも想定外
2009.08.12

kadannosuika.jpg

庭の花壇にスイカの種をまいたら。

おはようございます、小さな実が出ました。
ま、この程度かなと思っていたのですよ。


昨日からの続き、とあるラーメン屋に行った時のこと。
分かり辛い店の場所を何度か知り合いに電話確認の後ようやく把握。
店の前まで着きました。
行列が出来ています。
店外にて数人のお客さんが行列を作っています。
当日は平日だったのですが、それでも待つ人はいるのですね。
想定外その2「行列していた」

店の駐車場もないようです。
駅からも少し遠く、決して来やすい場所とは言い難い状況です。
想定外その3「アクセスがかなり悪い」
にも関わらず行列を作っている人がいる、不思議です。
相当美味しいのでしょうか?

蒸し暑い中、外でひたすら待ちます。
店員さんが「小銭の用意をお願いします」と言って回ります。
両替などもお店ではできないとのことです。
想定外その4「サービス、決して良くない」
でも行列...やっぱり味なのでしょうかね...。

この項続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


とある昼食時の出来事
2009.08.11

youtienhanabbi.jpg

夕涼み会の花火。

おはようございます、幼稚園の先生方、頑張っています。
結構間近なため、迫力もあります。


先日、ちょっとした流れからとある町にあるラーメン屋に行きました。
知り合いの知り合いがやっている程度の関係性です。
どうやら結構有名な店らしいのですが、どういった店なのか私は
全く予備知識がない状態でフラリと食べに行ったのです。

まず店に行こうとして知り合いに電話します。
ところがこれが全くもって分かり辛い場所でして。
駅からも少し距離があり、おまけに本当に目立たない。
誤算その1は「店に行くまでがエライ大変だった」


この話、最終的にはマーケティング論へと落し込まれます。
この項続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


外からパクれ&外からパクられるな
2009.08.10

youtienyuusuzumi.jpg

幼稚園の夕涼み会。

おはようございます、毎年子供が参加しています。
結構なにぎわい、先生や父母の会も大変そうです...。


昨日からの続き、零細企業の具体的行動について。
まず多くの企業が陥っている「自分のやり方にこだわり過ぎ」ということ。

もっと外からパクりましょう。
はっきりいえば、そんなところにこだわりを持っても無駄だよ、という部分に
対して妙な自論を主張し過ぎる社長さんが多いです。
こと製造やサービスそのものを生み出す方法についていえば、より形式知
なり標準化なりの思想を取り入れるべきです。

以前にも触れたとおり、自社の強みを残しておくことは大前提ですが、
その強みが製造工程そのものに根ざしていないのであれば、やり方は
より標準化を進めるべきです。


そして「自分のやり方を外に出さない」という点については、もっと積極的に
外側に出していくべきです。
もう少し言うなら、もうちょっと「我儘」になるべきだと私は思います。
自社が自社であるためにもっとも必要なことは他者への伝達です。
「私はこう思っていますよ~」だとか「こんなことを頑張りたいですよ~」という
点をしっかりと主張しなければ、誰もあなたのことを認めてはくれません。
言わなくても分かってくれるなんてのは理想論です。

この点を強化することが自社のポジションを確立します。
他人からパクられにくいポイントを作ることこそが大切です。


標準化もアートもどちらも大切です。
しかし、使い方を間違えればどちらも単なる害悪になり下がります。
常に油断をせずに自分を客観視しながら主観視していく必要があります。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


小さな企業の具体論
2009.08.09

asakusabangasa.jpg

番傘。

おはようございます、これが欲しくて浅草まで行きました。
浅草まで行くのが一番早かったんですよね。


昨日からの続き、標準化とアート、形式知と暗黙知。
これに関するお話を主に二冊の本を使いながらご紹介しました。
片方は「匠の技を活かせ」と、片方は「匠の技に頼り過ぎるな」と
言っています。
別に矛盾はしません、なぜなら立場が違うからです。
実は前者はアメリカ人の言い分で、後者は日本人の言い分です。
標準化を突き詰める国と匠の技に頼り過ぎる国。
どちらも相手の利点を認めているという点では成立します。


基本的にこれらのお話は大企業を対象としてるものだと私は
理解をしています。
しかしながら、部分的には積極的に採用すべき事柄があります。


零細企業にありがちな二つの傾向を挙げてみます。

・妙なこだわりから、自分のやり方を曲げようとしない
(例示:ウチはこのやり方で良いんだ!)
・妙なこだわりから、自分のやり方を外に表現しようとしない
(例示:誰からも理解されなくても良い、私が分かっていれば良いのだ!)


皆様の周囲に、こんな会社はありませんか?
こういった企業が現在どのような状況にあるかといえば

・前者のせいで、ものすごく非効率的な作業を強いられ、経費がかさむ
・後者のせいで、市場からその必要性が認められず販売が不振に

こんなところです。

さて、ではどう変えていけば良いのか?

この項、続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


客観性と主観性
2009.08.08

sensoujimon.jpg

浅草寺。

おはようございます、というわけで目的地は浅草だったわけでして。
買いたいものがあったのです。


昨日からの続き、全体最適を生み出すための考え方について。
暗黙知に頼り過ぎず、形式知を高めることの重要性をかの本の中では
繰り返し指摘していました。
数日前、ソフトウェアの世界は「誰がやっても変わらない」という話を
書きましたが、実際にはそんなことはありません。
高度なソフトウェアを開発するためには製作者にとても高い能力が
求められることになります。


しかしながら、いかに腕が高かろうとそこに「世界観」と呼べるものが
存在しなければ良いソフトウェアを作ることは出来ないのです。
もう少し言い換えるならば、日本の科学技術に決定的に不足しているのは
「経営的思想」、つまりマネジメント能力なのではないかと思います。

客観性の究極を追い求めることで主観性を突き詰めるという一見して
矛盾した作業をする必要があります。
日本では後者の主観性ばかりが重要視されてきました。
しかしながら、そこから生まれるものは「世界」ではなく単なる「思い込み」
だったり「独りよがり」だったりします。
そのような姿勢では、新しい技術が生まれたり市場から受け入れてもらうのは
非常に難しいと言わざるを得ないでしょう。


繰り返しになりますが、お勧めの本です。
ぜひご一読を。

ものつくり敗戦―「匠の呪縛」が日本を衰退させる (日経プレミアシリーズ)


この項、更に話を変えながら続く。

いつもお読み頂きありがとうございます。


木を見て森を見ず
2009.08.07

asahinoare.jpg

浅草のアレ。

おはようございます、アレです。
で、アレってなんでしたっけ?


昨日からの続き、目に見えないシステムのお話について。
経験則と暗黙知のみに頼っている場合、どうしても全体最適が
おろそかになります。
なぜなら、そのようなやり方の場合には「目の前で見えていること」を
判断基準にせざるを得ません。
しかし、まず大前提としてシステム及びそれをくみ上げる実際の
ソフトウェアの世界とは目に見えないものです。
それは非常に形式的かつ論理的な世界です。

日本の暗黙知偏向の産業では、部分最適ばかりがクローズアップされて
しまいがちです。
今必要なのはもう少し広い視野を持ち「見るのではなく観る」
という意識的な観察の手法でしょう。

目の前だけでなく、目の後ろや横でも色々なことは起こっているのです。
本来、これらの作業は日本人にとってそれほど難しい作業ではない
はずなのでは、という点は「ものつくり敗戦」の中でも触れられています。


この項、続く。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


目に見えない世界
2009.08.06

nasanoojisamatati.jpg

水上バス、とある技術者の方々と。

おはようございます、同席になった外国人観光客の方と少しお話。
偶然にも、今お話してることとすご~く縁のある人たちでした。


実はこの二人の叔父様方、かのNASAの技術者なんだとか。
「何仕事してるんだ?」と聞かれたので「税理士やってます」と答えたところ、
「僕たちはロケットを飛ばしているよ」とサラリと。
うひゃ~。

で、そのロケットなのですが、なぜアメリカは単独でロケットを飛ばすことが
出来て日本は飛ばすことができないのでしょうか?
それこそがずばり日本の技術が偏向していることの証拠であるかと。

ロケットを飛ばすような大きな作業においては、とてつもなく大きくて精密な
システムを構築する必要があります。
「材料をどう作るか」とか「適正な人材を育成する」といった部分最適解では
なく、より大きな目線でとらえる全体最適解を求めるような姿勢が絶対に
必要不可欠なのです。
そうでなければ、あれほどの質量をもった物体を地球の重力から引き離す
ことはできません。


そして、システムとは決して目には見えないものなのです。

この項、続く。

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コピーアンドペースト
2009.08.05

matsumotoreijinoare.jpg

松本零士氏がデザインした船。

おはようございます、らしいのですね、これが。
やっぱ近未来的フォルムですね。


昨日からの続き、ソフトウェア業界で立ち遅れる日本企業について。
ソフトウェアというものはそもそもが形式知の塊で出来ています。
例えば何かの新しいソフトを作ろうとした場合、とりあえず既存の
ソフトなどから使えそうなコードを引っ張ってくることがよくあります。
そしてそのソースコードをコピー&ペーストした後少々改編。
それを組み合わせることで新しいソフトが生まれるようなこともしばしば。


実際にはそれほど簡単なわけではありません。
しかし、基本的にそこに存在するのは職人の勘だとか暗黙知だとか
いったものからは全くもってかけ離れたものです。
極論をすれば、元となるソースコードさえ形式的に存在すれば
1年目の素人も10年目のベテランが組んでも同じような成果を
生み出せるのがソフトウェアの世界です。

形式知の世界を軽視してきたツケが、日本のソフトウェア業界の
出遅れに大きな影響を与えています。

この項続く。

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普遍性の不足
2009.08.04

senjounoyopparai.jpg

船上の酔っ払い。

おはようございます、真昼間から船の上で地ビール。
いや~美味かった...。


昨日からの続き、日本企業が陥っている現状について。
タイトルでは普遍性という言葉を書きましたが、これは標準化と
言い換えることができます。
つまりバラつきを無くすことです。
日本企業の製品は、その工程の多くが属人的かつ暗黙知に頼りすぎて
いるがため、誰がやっても同じ結果を生み出すような体制にはなっていません。


このことが最も悪い影響を及ぼしている業界があります。
それはソフトウェア業界です。
私自身が以前はSEやPGをやっていたので分かるのですが、
ソフトウェアとはまさに普遍性、標準化、あるいは形式知をどれだけ
高めることができるのかという世界です。
実際にどのような面からそう言えるのか、ちょっと解説してみます。

この項、続く。

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アートに頼りすぎる危険
2009.08.03

suijoubasu.jpg

水上バス。

おはようございます、結構大きかったです。
しかもそれがほぼ満員、案外観光している人って多いのですね。


昨日からの続き、標準化を巡るお話について。
昨日までは「標準化し過ぎることの弊害」というものについて
主軸に置きながら書きましたが、ここで全く目線を変えてみます。
それは私がこのBlogでも繰り返し書いてきたことの再確認でもあります。

日本の製造業・建設業は「匠の技」に頼り過ぎています。
そのことを問題視し、このままでは日本の産業が衰退するということを
予言しているのがこの本です。

ものつくり敗戦―「匠の呪縛」が日本を衰退させる (日経プレミアシリーズ)

本書は日本の科学技術と呼ばれるものが暗黙知、つまり個人の
体験や勘と呼ばれるような「匠の技」に頼り過ぎていることを
大きく問題視しています。

少し内容に触れながらこの観点を説明してみます。

この項続く。

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周囲の評価により
2009.08.02

toukyouwanhamamatutyou.jpg

浜松町から日ノ出桟橋へ。

おはようございます、ここから水上バスに乗りました。
我が家はこの水上ものが結構好きだったりします。


昨日からの続き、標準化とバラつきについて。
昨日の話から分かることは「何を残し、何を残さないのか」について
考えるべきは「自己都合ではない」ということかと。
大切なことは「自社の何が周囲から評価されているのか」という
その点です。
もし一つ一つ手作りでやっていることで各商品にバラつきがあることが
評価されているのならば、その点は何としても残さなければなりません。

そういった評価につながっていない点ならば、躊躇なく標準化をして
しまってもよいのではないでしょうか。
企業一つを経営する場合、作業はそれなりに多方面に渡ります。
その中から例えば外注なり委託なりをしても問題がない部分に
ついては、外に出してしまうのも一つの手でしょう。


まず、評価基準を誤らないようにしたいものです。

この項、話を少しずつ変えながら続く。

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強みを殺してどうする
2009.08.01

hamamatutyouekitikaku.jpg

浜松町駅の近くにて。

おはようございます、先日家族で小観光に出かけました。
これはその一枚目。


昨日からの続き、零細企業の標準化について。
何が悲劇的かといえば、零細企業が取り組んだ標準化によって
「その企業の強みがなくなること」です。
それまで非常に属人的な他とは違う品質を持っていた部分なのに、
標準化を名目にその強みであった個性を殺してしまったようなケースです。
当然、この場合にはその企業の競争力はなくなることになります。

そのくせ、どうでも良いような部分についてかたくなに標準化を拒んだり
するのが多いのも困った現実というやつでして。

何のバラつきを残し、何を残さないのか。
この取捨選択を見誤ってはいけないのではないかと。


この項、続く。

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