事業承継が企業の未来を左右する重要課題として注目を集める中、経営者の高齢化が進む日本では特に喫緊の問題となっています。単なる経営権の譲渡にとどまらず、企業価値の維持・向上を図りながら事業を次世代に引き継ぐ事業承継について、その種類や進め方、事業承継に強い税理士への相談のポイントまで詳しく解説します。
事業承継とは?
事業承継とは、企業の経営者が事業の経営権や資産、経営理念などを後継者に引き継ぐことを指します。単なる経営権の譲渡だけでなく、企業価値の維持・向上を図りながら、円滑に事業を次世代に引き継いでいく重要なプロセスです。高齢化が進む日本では、多くの中小企業において事業承継が喫緊の課題となっています。後継者の育成や資産の移転、税務対策など、様々な観点から計画的に準備を進める必要があります。
事業承継の種類
事業承継の種類は、大まかに「親族への承継(親族内承継)」と「親族以外への承継(親族外承継)」、そして「M&Aを活用した承継」に分けられます。
親族内承継 | 親族外承継 | M&Aを活用した承継 | |
---|---|---|---|
内容 | 自分の子や兄弟を 経営者にする |
会社の従業員などを 経営者にする |
第三者に事業を売却し、 経営を引き継いでもらう |
メリット | 1. 気心の知れた相手を、時間をかけて教育することができる 2. 従業員や取引先から受け入れられやすい 3. 事業承継税制を活用して、相続税などが課税されない形で、後継者に自社株を譲ることができる |
1. 多くの対象者から経営者に適した人材を選ぶことができる 2. 事業に精通した人間に任せられる 3. 経営方針などが大きく変わらない |
1. 事業の承継相手を幅広く探すことができる 2. 雇用関係や残債も引き継いでもらえる可能性がある 3. 現経営者は、老後資金などとしてまとまったお金を手にすることができる |
デメリット | 1. 親族に経営者としての適性を持つ人間がいるとは限らない 2. 1人の子どもに自社株を贈与・相続する場合、他の相続人との間に財産分与の不均衡が生じる可能性がある |
1. 他の従業員が納得する人選をしないと、社内不和が生じたり、権力争いが起こったりする可能性がある 2. 後継者が自社株を譲り受ける際に、大きな経済的負担の生じる場合がある |
1. 希望する条件に合う買収相手を見つけるのは簡単ではなく、コストもかかる 2. 従業員の雇用が守られない可能性がある 3. 社風や経営方針が変わり、従業員や取引先が離反する可能性がある |
親族への承継(親族内承継)
経営者の親族、例えば、経営者の子供や兄弟に事業承継をするパターンです。メリットとしては、親族内承継やM&Aに比べて、事業承継のための準備期間を比較的長めに設けられることです。
具体的な準備としては、まず後継者候補に経理や財務などの基本的な経営知識を習得させることから始めます。その後、実際の業務経験を積ませながら、重要な意思決定への参加や、取引先との関係構築など、段階的に経営者としての経験を積ませていくことが重要です。
また、親族内承継では事業承継税制を活用することで、相続税・贈与税の負担を大幅に軽減できる可能性があります。ただし、この税制の適用には様々な要件があるため、早期から税理士に相談して計画的に進めることが賢明です。
親族以外への承継(親族外承継)
経営者の親族以外の人、例えば社内の役員や従業員に事業承継するパターンです。社内の役員や従業員が後継者となる場合、あらかじめ事業内容や経営理念を詳しく知っているため、事業承継後も経営に一貫性を持たせやすいというメリットがあります。
後継者選定の具体的なプロセスとしては、まず複数の候補者の中から、経営能力、リーダーシップ、実務経験などを総合的に評価します。選定後は、経営者としての育成プログラムを作成し、計画的な知識・経験の習得を図ります。特に重要なのは、財務管理能力と対外的な関係構築能力の養成です。
また、親族外承継では株式の取得資金が課題となることが多いため、金融機関からの借入れや種類株式の活用など、様々な選択肢を検討する必要があります。
M&Aを活用した承継
M&Aとは、Mergers&Acquisitionの略称で、和訳すると「合併と買収」となります。企業の経営権の譲渡や事業の一部譲渡など、様々な手法があります。
M&Aによる事業承継の具体的なプロセスは以下の通りです。
- 企業価値評価:財務状況、業界動向、将来性などを総合的に評価
- 買収候補先の選定:同業他社、取引先、投資ファンドなど幅広い選択肢の中から検討
- 条件交渉:売買価格、従業員の処遇、債務の引継ぎなどについて協議
- デューデリジェンス:財務・法務・税務などの詳細調査
- 最終契約締結:詳細な契約条件を決定し、正式な契約を締結
特に重要なのは、M&A実施後の統合プロセス(PMI)です。既存の従業員のモチベーション維持や、取引先との関係継続のため、丁寧なコミュニケーションと計画的な統合作業が必要となります。また、のれん代の支払いや株式買取資金の調達など、財務面での課題にも注意が必要です。
事業承継の流れ、ポイントは?
次に、事業承継を行う流れ、ポイントを詳しく見ていきましょう。
事業承継の流れ
事業承継は、大まかには以下のような流れで行われます。
1.現状を分析する
会社の現状を分析し、資産・財産の状況をまとめます。また、後継者や相続人の調査も行います。
2.問題の洗い出しと対策
現状を分析した際に見つかった問題を洗い出し、対策を行います。
3.事業承継の実行
問題への対策を行ったら、事業承継を実行します。
事業承継のより詳細な流れは、以下の記事をご参照ください。
事業承継のポイントは、自社株の引き継ぎ
社屋や、製造業ならば生産設備、社員(の雇用、仕事)、取引先、債権・債務といった諸々を新しいトップに受け継がせる事業承継ですが、中でもポイントになるのは、自社株の引き継ぎです。安定した経営を確保するためには、自ら一定数以上の自社株を持っている必要があります。「社長」という肩書がついていても、他に50%以上の株式を持っている人や会社があったら、株主総会で解任されてしまうかもしれません。逆に3分の2以上を確保していれば、総会で定款の変更や事業の譲渡、会社の合併、解散といった重要事項を決議することができます。
中小企業の経営に携わる人間は、最終判断を自ら下せる、この水準の株を持つのが理想です。
事前の対策が重要
しかし、だからといって、現社長が後継者に勝手に株を渡すことはできません。未上場企業の株式にも、株価があります。市場で売買される上場企業の株と違い、いくつかのルールに従って算定されるのですが、基本的に事業が拡大して業績のいい会社には、高い株価がつきます。原則として、受け取るぶんに課せられる贈与税や相続税を負担しなければ、後継者がその株を手にすることはできないのです。新しい「事業承継税制」を使えば、税の支払いは猶予されるのですが、それについては後述します。
特に問題になるのは、多くの自社株を持っていた経営者が亡くなり、相続になった場合です。自社株も相続財産。高額の評価をされた株式を、後継者がまとめて相続することができず、結果的に親族が分散して持つかたちになる可能性があるわけです。株を分け合っているのが親や兄弟だからといって先々まで安心できないのは、大塚家具の「内紛」などを見ても明らかでしょう。ですから、確実に後継者に株を持ってもらうための対策が必要になるのです。
事業承継を進めるにあたって経営者が意識するポイントとは?

小田根 大輔
監修税理士からのワンポイントアドバイス
経営者の方が事業承継を進めるにあたって意識するポイントは出来るだけ早く専門家に相談することです。満足な事業承継を成し遂げるには、後継者育成、株式対策、事業承継税制の活用など、多くの準備が必要となり、時間を要する場合が多いです(一般的に5〜10年と言われています)。早期に事業承継を検討することで、打てる対策も多くなり、スムーズな事業承継を実現することが可能となります。
また、何よりも大事なことは、経営者自身と後継者の『想い』だと考えられます。事業承継とは単なる財産の移転ではなく、経営者の想い(事業の継続、従業員の雇用を守る、取引先その他地域経済への貢献、これまでの経営の対価を得る、など。)を次世代に託すプロセスです。
事業承継には親族内承継、親族外承継、M&Aを活用した承継など様々な方法がありますが、それぞれの方法にメリット・デメリットがあり、会社の規模・業種、経営状況、後継者の有無などにより最適な方法は異なります。
そのためにも早期に事業承継に着手して、専門家に相談し、あなたの『想い』を実現するための最適な事業承継プランを検討されることをお勧めいたします。また、無料相談やセミナーなども活用して、情報収集をすることも肝要であると思います。
税理士が行う事業承継の業務とは?
そこで頼りにしたいのが、税金のプロである税理士。ただし、すべての税理士が事業承継に詳しいわけではないことに、注意が必要です。
そもそも、事業承継において、税理士はどのような関わり方をするのでしょうか。
税理士はその名称の通り「税金の専門家」ですので、事業承継でも税金に関わることを中心に業務を行います。
事業承継の形態別に業務内容を整理
事業承継において税理士は、財務・税務の専門家として重要な役割を担います。承継の形態によって必要となる実務や税務対策は異なりますが、いずれの場合も早期からの計画的なサポートが事業承継の成功につながります。
親族内承継における税理士の役割
親族内承継では、自社株式の評価や相続税・贈与税の軽減対策が重要な課題となります。税理士は事業承継税制の適用判定や申請手続きのサポート、納税資金の対策立案などを行います。具体的には、非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予制度の活用や、種類株式の発行による議決権の調整など、様々な選択肢を提案します。また、他の相続人との関係も考慮しながら、バランスの取れた資産承継プランを策定します。
親族外承継時の税務サポート
親族外承継では、後継者の株式取得に関する資金計画が重要なポイントとなります。税理士は株式の評価算定を行うとともに、株式取得時の課税関係や資金調達方法について助言を行います。例えば、従業員持株会の活用や、経営承継円滑化法に基づく金融支援の申請サポートなどが含まれます。また、MBOを実施する場合には、適切な株価算定と税務スキームの検討も重要な業務となります。
M&A時の税務デューデリジェンス
M&Aによる事業承継では、税理士は税務デューデリジェンスの実施や、M&Aスキームに応じた税務アドバイスを提供します。具体的には、過去の税務申告内容の検証、税務リスクの洗い出し、含み損益の把握などを行い、適切な取引価格の算定をサポートします。また、事業譲渡や会社分割などの組織再編に伴う税務処理や、のれんの償却方法など、M&A後の税務体制の整備についても助言を行います。さらに、売却時の譲渡所得に対する課税の検討や、代表者の退職金に関する税務処理なども重要な業務となります。
相続税・資産税の知識もあるかを確認しよう
会社の顧問になっている税理士ならば、税務・会計をはじめ、法人経営に関する課題解決には、ある程度の自信があるはず。でも、事業承継には、さきほどもお話ししたように、社長個人の相続が絡んできますから、その分野の知識だけでは、対処することができないのです。正しいアドバイスのためには、法人税などに加えて、相続税や資産税関連の蓄積も不可欠。そもそも相続税に明るい専門家の数は限られていますから、これはけっこう高いハードルと言わざるを得ません。
税理士に求められるスキルは?
事業承継支援において、税理士には幅広い専門性とスキルが求められます。単なる税務の専門家としてだけでなく、事業承継全体をマネジメントできる能力が必要です。
専門的知識とコンサルティング能力
まず基本となるのは、税務・会計に関する専門知識です。特に事業承継税制や組織再編税制などの専門的な税制への深い理解が不可欠です。さらに、会社法や民法などの関連法規、事業承継スキームに関する実務的な知識も必要となります。これらの知識を基に、各企業の状況に応じた最適な承継プランを立案し、具体的な実行計画に落とし込む能力が求められます。
コミュニケーションとマネジメント力
事業承継では、現経営者、後継者候補、従業員、取引先など、多くの関係者との調整が必要となります。そのため、税理士には高いコミュニケーション能力と調整力が求められます。特に重要なのは、現経営者と後継者の間に立って、両者の意向を適切に汲み取りながら、円滑な承継を実現する能力です。また、時には厳しい判断や提案を行う必要もあるため、経営者の良き相談相手として信頼関係を構築する力も重要です。
専門家ネットワークの構築・活用力
事業承継は、税務面だけでなく、法務、労務、金融など多岐にわたる課題に対応する必要があります。そのため、弁護士、司法書士、社会保険労務士、金融機関など、他の専門家と連携してプロジェクトを進める必要があります。税理士には、これらの専門家とのネットワークを構築し、適切なタイミングで必要な支援を受けられる体制を整える能力が求められます。各専門家の強みを理解し、効果的に連携することで、包括的な事業承継支援が実現できます。
このように、事業承継支援では、専門知識、実務能力、対人能力、そしてプロジェクトマネジメント能力など、総合的なスキルが必要となります。税理士はこれらの能力を磨きながら、依頼者の事業承継を成功に導くことが求められています。
事業承継を相談すべき税理士選びのポイント
事業承継は企業の将来を左右する重要な局面であり、税理士選びは特に慎重に行う必要があります。適切な税理士との出会いが、円滑な事業承継の実現につながります。相談する税理士を選ぶ際には、税務の専門知識はもちろんのこと、企業の将来を見据えた提案ができる実践的なスキルと経験を持っているかを確認することが重要です。
早期相談の重要性
事業承継は長期的な視点で取り組むべき重要な経営課題です。早期に着手することで、より多くの選択肢と対策が可能となります。
例えば、贈与税の基礎控除(年間110万円)を活用した計画的な株式移転や、後継者の育成期間の確保など、時間的余裕があることで実現できる対策は数多くあります。
特に自社株式の評価や納税資金の準備など、財務面での対策には相応の時間が必要です。現経営者が元気なうちから、将来を見据えた計画的な準備を進めることが重要です。「事業承継に不安がある」「何から始めればよいかわからない」という段階でも、まずは税理士に相談することをお勧めします。
事業承継税制への対応力
2018年度に改正された事業承継税制は、一定の要件を満たせば贈与税・相続税の納税が100%猶予される画期的な制度です。しかし、この制度を適切に活用するためには、税理士の専門的なサポートが不可欠です。
多くの注意点もあり
事業承継税制の適用には様々な要件があり、慎重な検討が必要です。例えば以下のような点に注意が必要です。
- 税の「猶予」であって「免除」ではないこと
- 5年間の事業継続要件があること
- 雇用確保要件を満たす必要があること
- 資本金の増減に制限があること
- 経営環境の変化への対応に制限がかかる可能性があること
短期的ではなく長期的な視点で税理士を選ぶ
事業承継税制の活用後も、様々な要件を継続的に満たしていく必要があります。そのため、税理士選びでは以下の点を重視することが重要です。
- 事業承継の実績とノウハウ
- 継続的なフォロー体制の有無
- 他の専門家とのネットワーク
- コミュニケーション能力
- 経営支援の視点
事業承継を相談できる税理士はどう見分ける?

小田根 大輔
監修税理士からのワンポイントアドバイス
税理士も、医師や弁護士と同じようにそれぞれ得意・不得意とする分野があります。事業承継を相談するにあたり、その税理士が事業承継を専門としているのか、事業承継業務を行った経験があるのかをホームページや相談の場で次のことを確認されるとよろしいかと存じます。
・何件ほど事業承継を支援したことがあるのか?
・どのような規模、業種の会社の事業承継を支援したのか?
・最近手がけた事業承継の事例について?
事業承継を得意としている場合でも、その税理士が固執する手法ではなく、経営者・後継者の『想い』を実現するような方法を提案する税理士に相談されることをお勧めいたします。そのためにも本文に記載されている、専門的知識とコンサルティング能力、コミュニケーションとマネジメント力があるのかに注目しましょう。
また、事業承継には司法書士・弁護士といった法律家と連携する場面(株式譲渡、登記関係、遺言書の作成など)が多々ありますので、専門家ネットワークがあることも相談するにあたって確認されることをお勧めいたします。
事業承継で税理士をお探しの方へ
事業承継を失敗しないために、その分野に知識と経験を持つ専門家のアドバイスを受けてみてはいかがでしょう。対策は早く始めるほど選択肢が広がりますから、不安に感じる点があったら、すぐに相談を。
よくある質問
事業承継に強い税理士を選ぶメリットは何ですか?
事業承継に強い税理士を選ぶことで、自社株の評価や相続税対策など、専門的なアドバイスを受けることができ、スムーズな事業承継が実現できます。
事業承継の方法にはどんな種類がありますか?
事業承継には、親族内承継、親族外承継、M&Aを活用した承継の3つの方法があります。それぞれのメリットとデメリットを理解して選択することが重要です。
事業承継税制とは何ですか?
事業承継税制は、一定の条件を満たせば、自社株の贈与税・相続税を猶予する制度です。ただし、条件を満たさない場合は猶予された税金を支払う必要があります。
事業承継を進める上での注意点は何ですか?
事業承継を進める際には、早めの準備と計画が重要です。また、税理士や他の専門家との連携も必要です。
事業承継において税理士の役割は何ですか?
税理士は、事業承継における税務対策や自社株の評価、相続税・贈与税のシミュレーションなど、税務に関する業務を中心にサポートします。